マージナル

Haruomi Hosono

細野 晴臣

1)30CH-336 / (株)テイチクエンタテインメント (サウンドトラック ラジオドラマ「マージナル」(ドラマ編))(1988/11/05発売)

細野晴臣/福澤諸/コシ・ミハル

2)30CH-337 / (株)テイチクエンタテインメント (オリジナルイメージアルバム「マージナル」)(1988/12/16発売)

細野晴臣/福澤諸/長岡成貢

ここに挙げたのは、NHK-FMで'88年10月31日から11月4日に放送されたラジオ・ドラマ(再放送 1989年5月6日)の音楽である。アニメ-ションのサントラではないが、原作がコミックスであるため同系統の作品としてこのコーナーで取り上げた。作曲は細野晴臣と福澤諸の共作だが、残念ながら福澤作品の方は、一歩間違えばギャグとなってしまいかねないアプローチをとったりもするところが筆者の趣味に合わないため、やや細野作品に偏った紹介となる。

細野晴臣は、今更言うまでもないが、坂本龍一、高橋幸宏とともに元Y.M.O.のメンバーとして'80年前後のテクノポップブームを牽引したアーチストである。アニメーションのサントラも、杉井ギサブロー監督の劇場映画「銀河鉄道の夜」(1985年)と「紫式部 源氏物語」(1987年)で手掛けており、特に「銀河鉄道の夜」(※1)はロングセラーでアルバムとしてのバランスも「マージナル」より優れているから、本来ならそちらを紹介すべきところかも知れない。しかし、この「マージナル」は、細野がアルバム「オムニ・サイト・シーイング」等を発表するなどワールド・ミュージックに傾倒し、アラビア風の音楽も手掛けていた'80年代後期と番組の放送時期が重なっていて、そのことが中東風の社会を舞台とする原作との幸せな邂逅につながっており、筆者にとってはより愛着深い作品となっているのである。

原作は、萩尾望都SFの最高傑作とも言える長編コミック。西暦2999年、700年前の異変により不毛の地と化した地球は、不妊ウイルスにより男性のみの社会となり、外部から立ち入り禁止となっていた。テクノロジーがすっかり退行した人々は、唯一の女性である聖母「マザ」から毎年子供をもらい受けるそのミツバチ型社会を唯一の世界と信じ、砂漠のドームシティで暮らしていた。だがそれは、人類社会の再生を目指す「マージナル」プロジェクトの実験都市として地球を管理するため、月のカンパニーが作り上げた偽りの社会システムであった。年々もらえる子供が減少し続け、社会不安が頂点に達しようかという中、マザの暗殺事件が起こってしまう。地球最大のドームシティ「モノドール」のメディカル・センター長官メイヤードは、この事件の調査を開始する...。

音楽は、全体的にはこのギリギリの世界「マージナル」で暮らす人々の不安を反映したかのように一貫して重苦しく陰鬱な感情に支配されているが、印象派風の手法で音響的に扱ったピアノやシンセサイザー、ヴォーカルによる幻想的な曲想と、砂漠の民の中東風の文化をイメージしたアラビア風の音階という、当時の細野らしい方法でこの作品の世界観を独自に構築することに成功している。

サウンドトラックアルバムの1曲目でありドラマの主題歌でもある「オープニング・テーマ・夢の子供達」は、福澤諸とコシ・ミハルのデュエットが妙に調子っぱずれに聴こえてしまう点が残念ではあるが、冒頭からアラビア風の音階と砂漠を行くキャラバンの歩みを思わせる低音のリズムとが、リスナーを物語の世界へ一気に誘ってくれる名曲である。

5曲目の「キラ」は、シンセピアノによる白玉和音にコシ・ミハルのヴォーカルが被る印象派風の音楽。科学者イワンが作り上げた夢の子供キラは、地球の見る夢に感応し子宮と地球を再生に導くことになる。因みに音楽雑誌「ショパン」の'88年10月号(No.57)にはレコード化に先駆けてこの曲のピアノ版の楽譜が掲載されたが、作曲者本人の解説によると、1日のうちに集中的にできた曲なのだという。また、イメージアルバムの方にはこの曲のヴォカリーズバージョン(※2)が収録されているが、実際にはこちらもラジオドラマ本編に使用されたと記憶している。イメージアルバムはこの1曲のために購入した。

マザが暗殺されたその日、カンパニーのシャトルがなぜが規則違反を犯してまで秘密裡に森を焼き討ちし、去っていく。6曲目の「魔物(ジン)の森」は、その火事を見て魔物の仕業と騒ぐ人々の不安を表すかのように、明確なメロディが無く、ピアノの和音の連打やシンセサイザーの効果音的な音型を用いた音響的な作品となっている。また、続く「イワンの夢」はより陰鬱な音楽で、中盤部ではシンセサイザーの「シュッ」という音響と、楽器的に扱われたコシ・ミハルのヴォーカルとが交互に登場し、心にトラウマを抱えたイワンの強迫観念的な夢の世界の狂気と幻想を描き出している。

11曲目「グリンジャの困惑」で聴かれるピアノの幻想的なトレモロ奏法は、どこか西村朗の「2台のピアノと管弦楽のヘテロフォニー」の第1楽章を思い出させるが、代わってピアノのズシンズシンという重苦しいリズムにオーボエか篳篥にも似た民族楽器の音色を思わせるシンセサイザーのソロが被る部分になると、一層の陰鬱さを増す。

そして最後は、番組のエンディングテーマの1つである「ラ・ミュージョン・夢の子供達」。オープニング・テーマの別アレンジであるが、全体に重苦しい陰鬱さが続くこのアルバムを聴いた最後に、1曲前の「2999・地球の夢」とこの曲とでホッと息抜きして終わる。

ラジオドラマそのものは配役が必ずしも原作のイメージには合わなかったが、音楽については原作のイメージを独自の解釈で広げてくれる非常に印象に残るものであったと言える。

(※1)因みに、印象派風の「ジョバンニの透明な哀しみ」は、ピアニスト糸川玲子のアルバム「ラ・ベル・ベット」(COCO-7287)にもピアノソロ・バージョンが収録された。

(※2)「KIRA ~氷の中のキラ~」のことだが、「キーボード・スペシャル」'89年2月号には細野晴臣の「マージナル」の音楽に関する分析記事が載っていて、この曲のいわゆる「耳コピ」によるスコアが掲載されている。拍子をさんざん迷ってとりあえず6/8拍子にした、と書いてあるが「ショパン」の楽譜によれば3/4拍子が正解のようだ。あまり拍節感のない曲なので確かに耳コピでは判断が難しいだろう。

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