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ブラックホール(The Black Hole)

John Barry

ジョン・バリー

(輸)INTRADA D001383402

指揮:ジョン・バリー

「ブラックホール」は、スターウォーズ第1作(エピソード4)の2年後('79年)にアメリカ公開された、ディズニー製作によるSF映画。スターウォーズのヒットで映画業界がSF映画製作に沸いていた時期の作品であるが、公開後の評判は芳しくなく、現在に至るも日本語版のDVD化はされていない。ハードSFを期待した人は安直と捉えてガッカリしたようでもあるが、そうした側面は苦笑してサラリと容認し、むしろビジュアルな美しさや音楽の素晴らしさに感動することができた人にとっては、名作とは呼べなくてもどこか忘れ難い愛着のある映画となっているようだ。

居住可能な惑星を探して調査飛行中であったアメリカの小型宇宙船パロミノ号は、史上最大級のブラックホールに遭遇するが、その脇にどうやってかブラックホールの重力を打ち消して停泊している巨大宇宙船を発見する。それは、20年前に地球への帰還命令を無視して消息を絶ったUSSシグナス号であった。船体の損傷からやむなくシグナス号に着艦したパロミノ号の乗員を、唯一の生存者であるラインハート博士と、頭からケープを被った妙に人間臭い挙動をするロボット達が出迎える。不審な点が多いこの船で、彼らを待っていたのは、天才ラインハート博士が目論む前人未到の野望だった...。

この映画で注目すべきは、この映像美があってこそこの音楽ありともいうべき、独特のビジュアルデザインだ。デザインとマット・ペインティングを担当したのはエレンショウ親子(父:ピーター、息子:ハリソン)。当時は映画で真っ当に使えるCG技術など無く、SF映画の空想の風景を描き出すのは、模型と背景画(マット画)の役目であったのだが、今思えばCGのどこかウソ臭いのっぺりした映像よりも、この頃の特撮の方がむしろある種の実在感があった気がする。まず目に付くのは背景の宇宙そのもの。真っ暗な背景に星が点々とある良くある光景ではなく、星雲のように鮮やかな色彩感を持っていることが目を引く(偶然にも'80年に日本公開された竹宮恵子原作の劇場アニメ「地球へ...」でも同様のコンセプトが試みられている)。そして、トラス構造を持った宇宙船USSシグナス号に照明が灯った時の、夜空に東京タワーが浮かび上がったような美しさ。また、どこか愛嬌のあるパロミノ号のロボット「ヴィンセント」やUSSシグナス号の戦闘ロボットのデザインは、子供っぽくてダサいという受け取り方もあるが、ポップでユニークという受け取り方もまたできよう。

これらの映像美を見事に支える音楽を作曲したのはジョン・バリー(オーケストレーションは、アル・ウッドバリー:Al Woodbury)。初期の007/ジェイムズ・ボンドシリーズや、「冬のライオン」「ある日どこかで」「ダンス・ウィズ・ウルヴズ」などの音楽で知られ、'66年の第39回アカデミー賞では、「野生のエルザ」で、同時にノミネートされていた黛敏郎の「天地創造」(ジョン・ヒューストン監督)やジェリー・ゴールドスミスの「砲艦サンパブロ」などといったライバルを蹴落として作曲賞を勝ち取っている(これで、黛敏郎は日本初のアカデミー作曲賞受賞という栄冠を逃し、後の「ラスト・エンペラー」によってその座を坂本龍一に奪われることになる)。生まれはイギリスだが、父親が映画館経営者、母親がピアニストという正に映画音楽作曲家として生まれるべくして生まれたような血筋の持ち主である。

映画のサウンドトラックは、当時サントラ初のデジタル・レコーディング(PCM録音)でLPにもなったが、ここで挙げたのは'11年に発売された全曲盤のCDである。このサントラのちょっとユニークな点は、最初に「序曲」が入っていること。おそらくオペラからの伝統なのであろうが、「ベン・ハー」などの昔のハリウッド映画では、確かに映画本編上映前に「序曲」や「前奏曲」が流されることがあったようである。しかし、この年代ではすでに珍しかったのではないだろうか。調べてみると、劇場でこの序曲を聴いたという方もいらっしゃって、劇場の照明が落とされて序曲が流れたそうであるが、筆者がこの映画を見た地元の小さな映画館ではカットされていた。ただ、ブラスによる重厚かつ勇壮なこのテーマ、映画本編中でも形を変えて何度か登場するのだが、筆者はこの曲自体はそれほど他のSFスペクタクル映画にありがちな音楽と比べて非凡なものと思っているわけではない。このサントラを特徴付けているのは、実はそれ以降に収録されている曲である。

まず最初に印象に残るのは、「メインタイトル」。ブラックホールの巨大な渦が巻いている様を象徴するかようなレファレ、ファ'ーミ'ミ♭'レ'('は1オクターブ上の音を表す)という動機が、シンセサイザーと弦楽器によって執拗に繰り返され、それに乗って重厚で陰鬱なテーマが金管群により奏される。いわば「ブラックホールの動機」ともいうべきこの音形が、全編の音楽の中で幾度となく形を変えて登場し、サントラ全体の世界観を形作っている。

それから、「シックス・ロボッツ」。シグナス号に乗り移った乗員は、ある時ケープを纏った6体のロボットが、仲間の遺体を棺に入れて宇宙葬にするのを目撃する。本当に彼らはロボットなのだろうか?謎と疑念が渦巻くシーンを彩る音楽は、弔いの鐘を思わせるチューブラー・ベルを加えた短い序奏に始まり、悪夢をみるようなかつ幻想的なテーマが弦楽器群によって奏される。全部で2分に満たない曲であるが、他の映画であまり耳にすることのないタイプの曲で、いつまでも心に残る。

そして物語終盤の「イントゥ・ザ・ホール」。脱出の術を失い、主人公達は、ブラック・ホールの通り抜けに賭ける決意をするが、いよいよブラック・ホールに突入した彼らは、炎逆巻く地獄のような光景から、やがて天使のような存在に導かれ光溢れる別天地へと突き抜けるというこの世ならざる光景を目にする。ちょっと2001年宇宙の旅のラストをキリスト教的にアレンジしたような内容ではあるが、音楽はある意味映像的な見せ場であるこのクライマックスシーンを実に見事にサポートしている。ブラック・ホールへ吸い込まれていくような感覚を、ウィンド・マシーン(おそらく本物ではなくシンセサイザー)の音まで交えて表現し、前半の禍々しい地獄の光景から、やがて神々しい光の世界に至りファンファーレのような金管群で終わる、その音楽的なストーリー展開が素晴らしい。

ディズニー映画としては興行的な成功に恵まれず、一種の幻の映画のようになってしまったが、映像の美しさと音楽のオリジナリティで末長く残って欲しい作品の1つと言えるだろう。

なお、ついでながらジョン・バリーのもう1つの宇宙SFものを紹介しておこう。日本では劇場未公開の伊米合作映画STAR CRASH(TV放映時のタイトル:「銀河戦争・宇宙巨大戦艦スターシップSOS」、「スタークラッシュ宇宙大戦争」)がそれである。女宇宙海賊ステラ・スターとその仲間たちが銀河皇帝の危機を救うべく悪の首領ザースと戦うという、お色気あり、ロボットありのそれこそ「スター・ウォーズ」に便乗したマカロニ・スペース・オペラ。配役は、「007 私を愛したスパイ」でボンドの敵役で登場し、すぐヘリコプターごと撃墜されてしまうキャロライン・マンロー主演、王子役が後に「ナイトライダー」で有名になるデヴィッド・ハッセルホフである。チープな映画だが、ジョン・バリーの音楽は個人的には印象に残っている。「ブラックホール」のような陰鬱さとは打って変わっていかにもスペース・オペラらしいライトな乗りが楽しいが、「ブラックホール」を思わせる響きも随所に聴き取ることができる。サウンドトラックはUntil SeptemberとのカップリングでSILVA SCREENから出ている(FILMCD 085)。

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