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エーゲ海に捧ぐ(Dedicato Al Mare Egeo)

Ennio Morircone

エンニオ・モリコーネ

1)SLCS-7119 /(株)サウンドトラック・リスナーズ コミュニケーションズ

2)RBCP-7421 /(株)ランブリング・レコーズ

いずれも、vn:佐藤陽子

エンニオ・モリコーネの代表的なサントラを1枚だけ挙げろ、と言われたらあなたは何を選ぶだろう?1960年代後半には、年間20本以上もの映画音楽を手掛けていたとも言われる多作家で、しかも印象的で記憶に残る旋律を多く生み出しているこの作曲家の代表作を1作に絞るのはおそらく容易な作業ではあるまい。

1つの印象的な作品が、山と言えばホルン、悪魔と言えば合唱、のような典型的な作曲パターンを後世に定着させてしまうことは良くあるが、マカロニ・ウエスタンと言えば思い出される口笛や、トランペット、口琴、ギター等によるあの音楽スタイルこそ、モリコーネが1960年代半ばから70年代前半頃に生み出したものだ。

また、モリコーネが優れたメロディメーカーであることに異論を差し挟む者もいないであろう。しかし1970年代後半になると、稀代のメロディ・メーカー、ジョン・ウィリアムズが台頭し始め、以後2000年頃までは、映画音楽の歴史において「ジョン・ウィリアムズ時代」と区分される場合もある()ほど、この作曲家の影響が支配的になる時代が訪れる。実際のところ、「ジョーズ」、「スター・ウォーズ」、「スーパーマン」、「インディー・ジョーンズ」シリーズ、「E・T」、「ハリー・ポッター」シリーズ等々、世界中で誰もがすぐそのテーマ音楽を口ずさむことができるような作品をこれだけ量産できた映画音楽作曲家は、他におるまい(わが国で言えば久石譲が近いか)。

しかし、そんな時代にあってもモリコーネは、「ミッション」(ガブリエルのオーボエ)(1986)や「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989)のように、ジャンルを問わず数知れずの音楽家にカバーされ続けている、心にジワリと沁みる名旋律を着実に生み出してきている。大衆的にはウィリアムズの華々しいスペクタクルな作品群の陰に隠れてしまった感はあるものの、今もってメロディメーカーのトップランナーとして真っ先に名前を挙げられるべき映画音楽作曲家であることは間違いないだろう。

さて、この「エーゲ海に捧ぐ」であるが、筆者もこれをモリコーネの頂点として1作に絞り込んだというわけではもちろんない。しかし、モリコーネの代表作が語られるとき、この作品がラインナップから漏れてしまうことが多いのは事実で、そのことは実に残念と言わざるを得ない(そもそも作品数があまりに多いので仕方ないのだが)。単なるアダルトな映画のBGMではなく、音楽作品として単独で聴くに値する価値が十二分にあると言って良いと思うからだ。

まず、最も印象に残るのがテーマ音楽である。女性ボーカルとヴァイオリンをソロにフィーチャーした妖しくも哀し気な旋律を、ハープやピアノが幻想的に彩るその音楽はとても美しく印象的である。ヴァイオリン・ソロは、映画の原作者であった池田満寿夫と内縁関係にあった佐藤陽子によるもの。

ディスコ調の音楽に女性のカラカラとした笑い声や奇声が入る"Cavallina A Cavallo「馬に乗る牝馬」"は、「お馬さんごっこ」のシーンの曲だそうだが(筆者は残念ながら映画未見のため未確認)、普段聴き慣れたモリコーネとはずいぶん異なる世界が展開する。

また、"Un Sogno Al Sole"は、ゆったりと悩ましい女性の喘ぎ声に、時折ささくれ立った弦楽器が入る全編でも最もエロティックな曲で、つま先まで張り詰めたような感覚を巧みに喚起している。ここでは、楽器の奏法にモリコーネの現代音楽的な手法も生かされていると言えるのだが、そういえばモリコーネの師匠はあの現代音楽作曲家ゴッフレード・ペトラッシだった。

このような曲になると、さすがに人前で堂々とは聴くのは憚られるが、やはり(こっそりと)ぜひ聴いてみていただきたい。作曲家とは、頼まれればこんなものも作れてしまうのだな、と妙に感心してしまうのだが、映画音楽とは非常に幅広い表現が求められる分野である。作曲家が個人の創造性だけで作品やアルバムを作っていただけでは、一生作らなかった(作ろうとも思わなかった)であろう作品を生み出さねばならない機会が多くある。それだけに、作曲家のイマジネーションを広げ、才能を引き出すことができる映画との運命的な出会いが、作曲家の創作活動に与える影響は大きい。このアルバムも、全体を通してみるとポップ調でありながら、それだけに留まらずに様々な手法が試みられており、改めてこの作曲家の懐の深さを思い知らされるのだ。

なお、1)の後に発売された2)では、映画未使用曲も含め初音盤化音源の曲が10トラック程度追加されている。

※)石飛徳樹「映画音楽の変遷」朝日新聞2016年5月8日朝刊

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