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アインシュタインロマン

Keisuke Shinohara

篠原 敬介

APCE-5175 /(株)アポロン

指揮:熊谷弘、広井隆 / 篠原プロジェクト
Vn:コー・ガブリエル・カメダ

NHKがドキュメンタリーの音楽に、単なるBGMとしてではなく音楽単体としての高い質も持たせようとし始めたのはいつの頃からだろう?少なくとも筆者が初めてそのことを意識したのは、1985~86年にかけて放送されたNHK特集の「ルーブル美術館」であった。音楽に巨匠エンニオ・モリコーネを起用し(ただし、すべてモリコーネの既存の映画音楽からの流用曲で、オリジナル曲は無かったようだが)、その後CDとして発売もされた。こうした傾向はその後も続き、NHKスペシャル「驚異の小宇宙・人体」の久石譲によるオリジナル楽曲も記憶に残るところである。

そうした中でも、特にお薦めしたいのが、この「アインシュタインロマン」(1991)。全般的に映画音楽調のものと、科学解説番組らしいコンテンポラリーな曲調のものが占めているが、それぞれに印象的かつバラエティに富んでいて、充実したアルバムとなっている。

番組そのものは、全6回のうち、第2回「相対性理論 考える+翔ぶ!」と第3回「光と闇の迷宮~ミクロの世界~」が特に面白く、中でも第2回は、アインシュタインがアカデミア・オリンピアの学者仲間(ソロビーヌ、ハビヒト)との討論を通じて、やがて相対性理論の完成に至る思考過程を、3人の学者を外人の子役に配役した討論ドラマで語らせるという独自の演出でわかりやすく解説してくれていた。実際、筆者は現在に至るまでこんなにわかりやすくて面白い相対性理論の解説番組を見たことが無い(惜しむらくは解説の一部、同時性の説明に誤りが指摘されたことだが、それも再放送時に修正されたとのこと)。

番組はまず、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」のアリアをテーマに用いたヴァイオリン協奏曲風のテーマ音楽で始まる。これは、アインシュタインが幼少からヴァイオリンを嗜み、モーツァルトを愛好していたことを象徴しての発想であろう。

続く本編の音楽は、その名の通り弦楽器のピツィカートで奏される「粒子のピッチカート」、無機的な音階による「方程式」、弦楽器とピアノのトリルを重層的に重ねた「無重力のトリル」など、いわゆる旋律と和音主体の構成ではなく、現代的な音響とリズムの表現で聴かせる音楽であるが、難解さは無くむしろその面白さに耳を奪われる。

一方、「月と光子のテーマ」のように「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のテーマ音楽のような部類に属するSFエンタテインメント風のものもあるかと思えば、「文明砂漠」ではゆったりと抒情的に聴かせ、「大自然」では原田節(ハラダ・タカシ)の演奏によるオンド・マルトノも加えつつ映画のラストを飾るように感動的に盛り上げ、「自然界」では「大自然」と同じ旋律をヴォカリーズの合唱でしっとりと歌って見せるなど、様々に趣向を変えて飽きさせない。

この他、猫の鳴き声と機械音をコンクレートしたような「シュレーティンガーの猫」や、「永久運動」のように電子音楽とも音響効果ともつかないような作品もあったりする(※)。

ところで、数々の楽曲のオーケストレーションから、何となく三枝成彰の香りを嗅ぎ取ってしまうのは、筆者のみであろうか?抒情的な調べもそうなのだが、ダイナミックな「戦争のテーマ」など、特にティンパニの連打が入って来るあたりから、三枝の節回しにとても良く似ている。試しに作曲者の経歴を調べてみたところ、1985年に海外留学から帰国後、短期間ではあるが三枝成彰音楽事務所に所属していたらしい。それであれば、これから自己のスタイルを確立していこうとする若者が、所属先の先達から様々な技法を吸収していたとしても何ら不思議ではないだろう。

なお、作曲者は2011年に享年52歳にて急逝されたのことである。まだ十分現役で活躍できるはずであったろう年齢であり、その後の作品が聴けなくなってしまったのは残念である。ご冥福をお祈りしたい。

※)これらの2曲?のみは篠原敬介ではなく音響効果の尾上政幸の手によるもので、本記事で紹介したオリジナルのCDには収録されていたものの、後年、同番組のDVDの付録という形で発売されたサントラCDでは残念ながら割愛されてしまったようだ(DVDについても番組の最終回である第6話が収録されていないという残念な点がある)。

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