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オネアミスの翼(王立宇宙軍)

Ryuichi Sakamoto,  Koji Ueno,  Yuji Nomi,  Haruo Kubota

坂本 龍一,  上野耕路,  野見祐二,  窪田晴男

1)BCQA-0016 /(株)バンダイナムコフィルムワークス
   (「王立宇宙軍 オネアミスの翼 4Kリマスターメモリアルボックス」特典BD)

2)35MD-1025 /(株)ミディ
   (オネアミスの翼 オリジナルサウンドトラック)

3)MID-1501 /(株)ミディ
   (オネアミスの翼<イメージ・スケッチ>)

坂本龍一の膨大な音楽作品の中で、アニメーション用の劇伴はそう多くはない。比較的近年では、長編映画「さよなら、ティラノ」('20)のオール・シンセサイザーながら正統派な映画音楽や、Netflixオリジナルアニメ「エクセプション」('22)のアンビエント系のサウンドが挙げられるが、ここでは'87年公開の劇場映画「王立宇宙軍 オネアミスの翼」(ここでは以下、公開時のタイトルに倣って「オネアミスの翼」の方をメインタイトルとして呼ぶ)を採り上げることにした。坂本本人にとっては、この作品は結局不満足に終わってしまったもののようであるが、それは制作過程に対する不満に起因するもので、音楽そのものの不出来によるものではないことは市場での高評価が物語っている。

本作は、坂本が「ラスト・エンペラー」でアカデミー賞(作曲賞)を受賞し、世界的に認知されるようになった’88年の前年に公開された作品である。作曲は坂本単独ではなく、坂本は音楽監督として全体を統括し、これにギタリストでもある窪田晴男をはじめ、後に「ラスト・エンペラー」でも編曲で参加することになる上野耕路(ゲルニカ)と野見祐二も加えた共作体制で行われた。

音楽の制作は、まず坂本がプロトタイプと称して主要なテーマを作曲し、これを基本的な素材としつつ、オリジナル楽曲も含めてシーン毎に4人で分担するという形式を採っている。そういう意味では、教授のプロトタイプを他の3人がいかにそれぞれの個性を発揮してアレンジするか、という点も本サントラの聴きどころの1つと言える。プロトタイプは以下の4曲で、3)のシングルCD(以下、プロトタイプ版と呼ぶ)としてリリースされている。

プロトタイプA(メイン・テーマ)
プロトタイプB(リイクニのテーマ)
プロトタイプC(宇宙計画のテーマ)
プロトタイプD(王立宇宙軍 軍歌)

この映画のサントラの特徴として、雑誌のコラムなどで頻繁に採り上げられるのが、作曲にあたって映像との「ミス・マッチ」にこだわったという点である。坂本本人がインタビューで、あえてミス・マッチな音楽を狙ったと語っていることによるものなのだが、オープンカーで街へ繰り出した主人公ら宇宙軍のメンバーが、並走する路面電車に乗っている女の子をナンパしてはしゃぐシーンにガムラン風の音楽を付けた「喧噪」(作・編S)や、葬式のシーンなのにどこかアイロニックなユーモアを感じる「グノォム博士の葬式」(作・編U)あたりを除けば、筆者の感覚ではそれほど「ミス・マッチ」という感じは受けなかった。

本来坂本の言いたかったことは、作り込んだ「さもありそうな」音楽からやり過ぎない程度に外してやらないと面白くない、ということだったらしいが、それがフィルム・スコアリングのようなサントラとしての伝統的な作法から大きく外すことを意味していないことは映画を見ればわかると思う。この作品の舞台は、異世界とは言え、決してファンタジー的な世界ではなく、地球上のどこかに実在していてもおかしくないリアルな生活感のある世界である。だから音楽表現としても、あってもおかしくなさそうなのに今までの映画音楽には無かった異国風の音楽、という路線を狙いたかったということなのではないだろうか。本作の音楽を「ミス・マッチ」という言葉の語感だけを捉えてクローズアップし過ぎると、作品の本質から外れたレッテルを貼ってしまう気がする。

以下、サントラの中からいくつかの楽曲について紹介するが、それぞれの楽曲の作・編曲者については、坂本龍一(S)、窪田晴男(K)、上野耕路(U)、野見祐二(N)のようにイニシャルで示すことにする。編曲者名しか記していないものは、坂本龍一作曲のプロトタイプをアレンジした楽曲であることを意味する。また、1)に収録のサントラ(以下、BD特典版と呼ぶ)では曲にタイトルが付けられていないため、タイトルは2)のCD(以下、サントラCD版と呼ぶ)によるものである。BD特典版のみの収録曲についてはM番号で示した。

プロトタイプAはそのまま「メイン・テーマ」(編S)にアレンジして使用される。ただしアレンジとは言っても、もともとのマルチ・テープをそのまま使ってトラックの追加・削除や音量バランスの増減を行っているだけ()ということなので、一種のリミックスである。ハンド・クラップっぽい音のリズムを基調とした、どこの国のものともわからないような無国籍な感じが、いかにも坂本らしい。
一方これが、主人公シロツグが空軍の戦闘機に乗せてもらって初めて青空を飛行するシーンに付されたM-09A(編N)となると、冒頭は茶目っ気のあるピアノの練習曲のようなアレンジに始まり、機体が雲を抜けて上空へ出るところからはシンセサイザーが前面に出て来て、飛翔感とシロツグの高揚感を表現した爽やかな楽曲となる。

プロトタイプBのアレンジにおける白眉は「遠雷」(作編U)である。ライナーでは作・編曲ともに上野耕路がクレジットされているが、モチーフ(動機)にはプロトタイプBが使用されている。冒頭は(4+5)/8拍子によるクリスマスのような賑やかなシンセサイザーの後に弦楽器の(5+4)/8拍子による下降音型が続く()序奏で始まり、その後主要部に入ると、近代フランス音楽的な洒落た旋律と和声付けの本編中最もロマンティシズム溢れる音楽となる。プロトタイプBのほぼ原形通りのアレンジにあたる「リイクニのテーマ」では、ピアノの左手譜はスタッカートされたベース音をオクターブでひたすら交互に繰り返すだけのシンプルな音型になっているのに対して、ここでは16分音符で上下行を繰り返す分散和音が付されており、流麗感が増強されている。この曲は、急な雨に布をかぶってリイクニ(ヒロイン)を迎えに行ったシロツグが、リイクニと一緒に走って家に帰って来るシーンに使用されていて、驟雨による水煙が香って来るような映像にピタリとマッチした魅力的な音楽である。
これが、同じプロトタイプBを基にしていても「聖なるリイクニ」(編N)となると、合唱とパイプ・オルガンによる聖歌風の楽曲となる。シロツグは、リイクニから半ば強引に持たされていた経典をふと手に取って開いてみるのだが、この曲はその時のシーンで使用されるもので、人類が火を手に入れた代償として死ぬことを運命づけられることになった逸話が、リイクニのナレーションによって語られる。

「戦争」(作K、編K&U)は、国境付近で打ち上げられようとしている人類初の有人ロケットを狙う共和国軍と、これを迎え撃つオネアミス軍の空中戦を彩るロック調のオリジナル楽曲で、窪田晴男のエレキギターによるメロディラインと、上野耕路が弦楽器による対旋律を施したオーケストレーションが、中近東風の曲想とともに際立って印象的である。中近東風ともアジア風ともつかないこの物語世界の民俗的意匠にふさわしいアイデアが光っていると言えるだろう。またこのシーンは、映像の方も手書きの当時としては最高度の技術による作画であった。

プロトタイプCは、ファ#ソラシ、ラシドレ、シドレミ、ドレミファ、...と4部音符によるシンプルな音型が繰り返しながら次第に上昇していくのが特徴で、共和国軍が迫る中、果たして打ち上げは成功するのか、という全編のクライマックスシーン(打ち上げシーンの作画は技術の高さで語り草になっている)に使用される「離床」(作S&U、編U)や、映画のラスト付近で(この世界の)科学文明の発展の歴史を辿っていくシーンに使用される「OUT TO SPACE」(編S)の後半のように、主に演出の山場に置かれている。
しかしその一方、「無駄」(編K)のように、ズンチャッ、ズンチャッ、ズンチャチャチャッチャッ、というコメディ戦争映画の愚連隊を思わせるコミカルなリズムとすっとぼけた進軍ラッパに乗って、宇宙飛行士としての訓練シーンで使用されるアレンジもある。

プロトタイプDの軍歌は、本編中では物語の序盤、宇宙服の漏電事故で死んだ仲間の葬式で宇宙軍の参列者たちが歌う劇中曲(ソースミュージック)として使われるが、これもサントラ用のアレンジM-02(編S)はBD特典版にしか収録されていない。伴奏は、アコーディオンのような外観をした劇中の楽器をイメージした音色になっている。
一方、ほぼメロディラインを歌からシンセサイザーに置き換えただけの原形に近いM-16(編S)が、将軍が宇宙戦艦建造計画を発表する式典のパレードの曲として使用されているほか、それを少し変形したM-25(編S)が、チャリチャンミとマジャホ(シロツグの同僚)をグリア天文台へ送り出す波止場のシーンに使用されている。

ここでBD特典版について少し補足しておくと、これは以前「メモリアルボックス」として発売されていたLD(レーザー・ディスク)3枚組セット(BEAL-367)の復刻増強版BDボックスに、イメージボードの映像とともに収録されている完全収録のサントラであり、サントラCD版の15曲に対して、42曲が収録されている。2022年版と銘打っているが、LD版との違いは映像(イメージボード)の編集だけである。
ただ完全版サントラの発売はあり難いものの、できればかつてのマニアックな特典付きLDボックスをそのまま復刻などするよりも、本編DVDにサントラCDを付録にしただけの標準版として発売するか、サントラ盤だけ別売りにしてくれた方があり難かった、というのが正直なところ。本ボックスはサントラを聴きたいがためだけに購入するには手頃とは言い難い価格であるし、第一、音楽だけを聴ければ良い(音楽を聴く度にイメージボードを見たいわけではない)場合には、わざわざBDプレーヤーやパソコンで再生するのは不便である。何よりLDと違ってBDでは、例え自身で購入したものでも、音楽だけを別のメディアにコピーして音楽専用プレーヤーで楽しむということが合法的にできない。これは大きなマイナスポイントと言えよう。

なお、サントラCD版に収録されている森谷美月(ソプラノ)が作詞したオネアミス語(造語)の歌曲「アニャモ」(作・編曲N)は映画本編で使用されていないため、BD特典版には収録されていない。したがって、この「オネアミスの翼」関連で市販されている楽曲をすべて手に入れようとすると、1)~3)をすべて買い揃えなければならない。

※)高橋竜一, 溝の口サスケ, 冷水ひとみ「音楽監督・坂本龍一による-SFアニメ『オネアミスの翼』サントラ大研究」, (株)立東社, キーボード・スペシャル 1987年3月号, pp.16-30.
なお立東社はすでに倒産しており、出版社リットーミュージックのおもしろレーベル「立東舎」とは別物である。

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