オーケストラものに重点をおいた音楽への非正統派なご案内
Yuji Ohno大野 雄二 |
---|
1)PIBA-310002(DVD)/ パイオニアLDC株式会社 2)「手塚治虫の世界」COCX 32147-8(CD) 3)「手塚治虫ワールドBest of Best 24時間テレビ~愛は地球を救う&ユニコ」 '80年代あたりだろうか、海洋SFというものがSFの小説や映画のジャンルとして関心を持たれなくなったと感じた時期があった。しかし、探してみれば近年になっても意外と健闘しているようだ。(海自物等を除いて)アニメで思い当るものとしては、古くは「海底少年マリン」('66)あたりを始めとして、宮崎駿監督の「未来少年コナン」('78)や松本零士原作の「マリンスノーの伝説」('80)、「ふしぎの海のナディア」('90)、「新海底軍艦」('95)、小澤さとる原作の「青の6号」('98)などがあるが、2000年代に入ってからでは「翠星のガルガンティア」('13)が久しぶりというところだろうか。 また、娯楽映画の王道として列車物は欠かせない。わが国の「新幹線大爆破」('75、'25年にNetflixでリブート版も作られた)を始めとして、「大陸横断超特急」('76)や「カサンドラ・クロス」('76)、また、視聴率的に大失敗に終わったようだがTVシリーズ「原子力超特急スーパートレイン」なんてのもあった。'74年の映画化以来、何度も映像化されているアガサ・クリスティ原作のミステリ「オリエント急行殺人事件」を含めても良いだろう。近年こちらの作品数は寂しいが、サスペンスとしては「交渉人 真下正義」('05)、そして久々の(しかもCGや模型を使わないリアルな)列車アクションとして「アンストッパブル」('10)といったところだろうか。アニメでは何と言っても「銀河鉄道999」が代表的なところだろう。 この「海底超特急マリン・エクスプレス」は、日本テレビの「24時間テレビ 愛は地球を救う」にかつてあった2時間アニメスペシャル枠の2作目として、'79年にTV放送されたものであるが、ミステリ仕立ての海洋SF+列車物という非常に希少なジャンルの作品であり、しかも物語後半においては異星人やタイムトラベルまで絡んで来る。音楽(作曲)は、ゴダイゴの歌う主題歌(ボーカルは珍しくトミー・スナイダー)、劇伴ともに「ルパン三世」第2シリーズの主題曲があまりにも有名な大野雄二である。 大野雄二の音楽と言えば、ジャズの楽器編成にハンマー・ダルシマーを加えたりもする、聴けば誰の作品とわかる独特のサウンドにあるだろう。そして本作品では、(特に物語前半において)海底に敷設された透明パイプ内を時速900~1000kmにも達する速度で風切り音を立てながら疾走するリニアモーター式の列車(坂口尚のデザインが素晴らしい)と、武器密輸の陰謀が絡むサスペンスフルな物語という要素が加わったことにより、大野作品の中でもとりわけスピード感とスリルに溢れたわくわくする音楽を聴くことができる(※1)。 ただ残念なことは、音楽は番組放映当時のシングルレコードに収録されていた主題歌と「序曲(テーマ)」が、ゴダイゴの作品集やシングルレコードの音源を集めたアニメのコンピレーションアルバムなどのCDに収録されている以外、現在('25)に至るも劇伴の音源が商品化されておらず、アニメ本編のDVDなどで聴く以外に方法が無いことであろうか。しかも「序曲」はおそらくレコードのB面用に制作されたもので、本編ではテーマ部分のアレンジがしばしば登場するものの、この曲そのものは冒頭の序奏部分がわずかに使用されるだけのものなので、とてもサウンドトラックが欲しいという欲求を満足させてくれるものとは言い難い。同スペシャル枠の3作目にあたる「フウムーン」とともに、サントラを音盤化してもらえないものだろうか。 この作品に思い入れのあるクリエイターはいるようで、初放送から数十年を経てなんと'18年春に公開予定という触れ込みで、一旦はモーションコミック化が告知され、同時期('16~'18年)にホーム社から池原しげと著によるコミックス全3巻も発売された(マリン・エクスプレスのデザインがスマートな流線形なのは絵的にちょっとおとなしく残念だが)。 このため、良くある便乗商法で、この機会にアニメスペシャルのサントラ盤も発売されたりしないものかと微かな期待も抱いたが、モーションコミック公開の話そのものがその後立ち消えてしまい、公式ホームページも閉鎖されてしまったようだ。当時2人組だった(現4人組の)女性ユニットelfin’(エルフィン)の花房里枝と辻美優がエンディングテーマと声優を担当することまで決定していたにも関わらず、このチャンスも幻に終わってしまっている(※2)。 問題のサントラであるが、まず主題歌の「ザ・マリン・エクスプレス」が良い(英語の作詞は奈良橋陽子)。冒頭のシンセサイザーによる1音からもう海底へ潜っていくかのような気分を高めてくれるディスコ・サウンドの名曲である。間奏部の「Mari~ne Express!」、チャッチャッチャッ、「Mari~ne Express!」と、合間にハンド・クラップが入る女声バック・コーラスの部分が、しばしばCMに入る前後で疾走する列車の映像とともに使われて、とても印象的だった。 一方、劇伴曲については多くがやはり「ルパン三世」を彷彿とさせるサウンドを聴かせるが、これぞ列車物サスペンスと言える曲というと、代表的なものが2曲ある。 1つ目の曲は、物語の序盤15分目くらいのところ、鉄道建設時には想定外だった海底死火山(イカゼット火山)が噴火し、その近くを通過する列車に危機が迫るシーンで使用される。マリン・エクスプレスの巨体が、ピュルピュルと風を切りながら猛スピードで突っ走るシーンに、馬のギャロップを思わせるドラムセットのリズムと弛緩を繰り返す管楽器のコードに乗った流麗なストリングスが合わさって、スピード感と切迫感を煽るのに効果を上げている。 2つ目の曲は、要所々々で執拗に使用される。序奏部でのフルートの下降グリッサンドの繰り返しが、聴く者に早くも非常事態であることを予感させ、それに続くホルンの主旋律が、上行グリッサンドを伴ってC音から一旦オクターブ上に跳躍し、その後全音、全音、半音、半音と順次下降して来て危機感を煽る。 この曲の最初の登場は、崖から転落したナーゼンコップ博士(マリン・エクスプレスの開発者)を車内で手術するために、1日停車させておくはずだった列車が、博士を亡き者にしようとする者の陰謀で突然動き始めてしまうシーンにおいてである。事情を知らない乗客たちは騒然とするが、天才外科医のブラック・ジャックは、揺れる車内でそのまま手術を続けるという、一か八かの賭けに出る。 2度目はまだ低速で走っている列車を巨大な人喰いザメの群れが追跡し、透明パイプに体当たりを始めるという、ギャグと恐怖の入り混じったシーンで、本曲とは別の緊迫感を煽る楽曲の合間に冒頭部分が一瞬使用され、3度目は列車の動力室をロボット「アダム(アトム)」に乗っ取られ、列車もアシスタント・ロボットの「デューイ」も勝手な判断で動き始めるシーン、4度目は列車のコンピューターが狂ったと、ロック(主人公)が血相を変えて乗客たちに知らせに来たところから、窓ガラスに映るロック達の会話する姿と暴走する列車とがオーバーラップして映されるシーンで使用される。ロックは、弟として扱っていたアダムが、試運転のためのテスト用ダミーなどではなく、故郷の島々を自然破壊から守るため、ナーゼンコップ博士が自ら列車を爆破する目的で作り出したものだったと知る。 そしてこの曲の最後の登場は、動力室からアダムを排除するため、第2停車駅「サモア」でヒゲオヤジ(私立探偵、伴俊作)が特殊処理班を乗り込ませようとするが、列車が突然乗降口を閉めて走り出してしまうシーンにおいてである。処理班のメンバー達はドアを焼き切ろうとするが、強力な電磁力で七つ道具が車体に吸い付けられてしまい、歯が立たない。 この他、列車物と言えばこれがなくちゃ、という屋根の上のシーンでの曲もある。暴走する列車の自爆時刻が迫る中、列車の制御を取り戻す最後の手段としてロックは、屋根を伝って動力室の天井に向かい、そこから「ユニットQ」を撃つという作戦に出る。もの凄い風圧の中、クレジット長官と共に吸盤を使って這いつくばりながら屋根の上をじりじり進んで行く時の音楽は、良くある屋根の上の闘いの音楽ではなく、スネアドラムの単調なリズムを基調とした、淡々と緊張感が続く音楽である。いざ天井にビームで穴を開けて侵入しようという時、風下側から穴を切り進めてしまうというミスを犯した長官は、風圧でめくれ上がった天井板に跳ね飛ばされ、命を落としてしまう。 ここに挙げたDVDは、セット物(PIBA-3100:「24時間テレビスペシャルアニメーション1978-1981」)の1枚であるが、そのブックレットの解説によると、本作品放送当時、物語後半の展開に対するファンの評価が割れ、端正なミステリ調の作劇のまま貫徹して欲しかったという声が良く聞かれたという。筆者もそう思った1人だったが、もしもその通りになっていたら音楽もスリリングな曲調のものがもっと増えていたかも知れない(コミック版では主人公を火の鳥未来編のマサトに変更するなどの設定変更もなされているので、ひょっとしたら最後までサスペンス路線のものが読めるかも、との期待もしてみたが、残念ながら今回もそうはならなかった)。 なおエンディングは、オープニングと同じ主題歌が流れるという珍しい構成だが、エンドクレジットも海底に潜っていくように上から下へと流れていくという凝った作りだった。 ところで音楽の話から離れるが、初回放送の際、ムー帝国の兵士の大群が攻めて来るのを見たヒゲオヤジの台詞で、「まるで指輪物語だ」に続いて「テレビアニメなのに良く描いたもんだ」という言葉が確かにあったと記憶している。絵コンテでもそのことは確認できたのだが、「水曜ロードショー」で再放送された時からその言葉は欠落しており、DVD化されてからも復活していない。 この方法は上記のメリットの反面、場合によっては映像や音声のつながりが不自然になってしまうことがある。当時は劇場映画やTV放送番組を後にソフト化して販売するというような発想がまだ無かったため(※3)、オリジナルフィルムが小刻みに切り刻まれた挙句にその断片が散逸してしまったのだろう(※4)。'80年代に入るとレンタルビデオ屋が日本で普及し始め、'83年には初のOVA(最初から販売・レンタル用を目的として制作されるアニメーション)「ダロス」も登場したりして、ソフト販売の市場が形成されつつあったから、本作品ももう数年ほど後に制作されていたら、このような悲劇に見舞われることは無かったのかも知れない。 ※1)何しろこの作品、奔放な手塚治虫に振り回されてスケジュールが遅れに遅れた制作現場は修羅場だったらしく、すでにオンエアが始まっていたのに手塚がまだ最後のシーンの絵コンテを切っていたという都市伝説まで生まれた、まさに手に汗握るスリルとサスペンスのドラマ(笑)だったようである。この「都市伝説」について、当時の制作進行担当だった清水義裕は、さすがにそれは無いとインタビューの中ではっきり否定している。 ※2)elfin’の3rdシングル「貪欲スナイパー」(QWCE-00667)には、エンディングテーマ「マリン・エクスプレス」が収録されたほか、その初回限定盤(QWCE-00666)の付録DVDには、elfin’がガールズ・バンド「マリンEX」のメンバー役で声優として出演したモーションコミックの第1話、第2話(ほぼコミックスの第1話、第2話に相当)およびエンディングテーマのミュージック・クリップも収録されたので、モーションコミックそのものは全く制作されなかったわけでもない。 ※3)実は家庭用ビデオが普及するよりもだいぶ以前から、家庭用映写機向けに8mmフィルムで販売されていた名画も存在はしていたのだが、ラインナップが非常に限られている上に高額で、自宅での映画鑑賞はまだまだごく限られた人向けの趣味であったのだ。 ※4)映画「火の鳥2772~愛のコスモゾーン~」も同様である。レーザーディスクでは大幅に短縮されていたものが、ノーカット完全版(121分)と称してDVD化された際にほぼ元の長さに戻ったが、それでも劇場公開版より1分少ないとの指摘があるようで、実際に所々音楽の不自然な跳躍や、欠落している台詞がある。これは想像だが、やはりTV放送用の編集バージョンから復元した結果、フィルムの一部が散逸してしまっていたのではあるまいか。 |
リンクはご自由にどうぞ。
Copyright (C)Since 2008 Amasawa