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美少女戦士セーラームーンR(交響詩)

Toshiyuki Watanabe

渡辺 俊幸

COCC-11579 / 日本コロムビア(株)

指揮:リチャード・ピットマン / シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア

筆者のこの曲との出会いは、友人が台湾旅行の際に現地で購入してきたCDを、「これ、良いよ!」と貸してくれたことだった(わざわざ逆輸入で買う必要もなさそうだが...)。正直あまり乗り気ではなかったのだが、作曲者が好きだったので聴いてみたところ、想像以上に良かったのだ。ただし、ここで紹介するのは全8楽章のうち第1、3、4、6、7楽章のみである。

これはなぜかというと、楽章の内訳が、上記の楽章は作曲者渡辺俊幸の自由なイマジネーションによるオリジナル楽曲、第2、5、8楽章は番組/映画やキャラクターのボーカル曲を素材として構築した楽曲、という独特の構成になっていることに理由がある。収録はロンドン近くのピーターシャムにあるオール・セインツ教会で行われたが、曲のイメージとしては前者を聴いているうちはコンサートホール気分なのだが、後者の楽章が入って来ると、唐突にファン向けのイベント会場で聴いているような気分になってしまうのである。ただ後者の楽章も、番組のファンの評価は割れるかも知れないが、筆者自身は別に嫌いなわけではない。素材そのままの形が前面に出過ぎないよう、うまく映画音楽風にアレンジしており、また無理にクラシカルにしようとし過ぎなかった点でもバランスが良く、健闘していると思っている。ただ、交響詩として1つにまとめてしまうと、全体の流れとして違和感を覚えてしまうため、これらは独立した楽曲としてCDの最初か最後にまとめるなど、トラックを分けて収録した方が親切だったのではないかと思えるということである(おそらく完全に削ってしまうのは、番組との関連性が希薄になってしまう意味で、企画サイドとしては無理だろうと思う)。同一の原作に複数のアニメ化やドラマ化があるように、どうせオリジナル曲で構成するのであれば、この交響詩も思い切って番組と同じ物語をベースにした別のメディア化作品と割り切ってしまった方が楽しめるのではないだろうか。そういう意味で、ここでは第2、5、8楽章をカットしたものを1まとまりの交響詩と捉えて紹介しようと思ったという次第。実際そのようにして聴いてみても、構成としてさして不自然さは感じない。「戦士」としての側面を描いた勇壮な曲が抜け落ちてしまうが、そのことによって寝ながらゆったりと聴けるような癒し系音楽としての性格が強まる。

第1楽章 序曲:ファンタジア 〜守護星の輝き〜

CDのライナーに書かれた作曲者自身の解説によると、この楽章は「神秘の宇宙空間からセーラー戦士達の光の体(まだ肉体ではない)が生まれ、それぞれが集結してひとつの大きなエネルギーの塊となってハーモニーを奏でている」イメージなのだそうであるが、曲のストーリー的なイメージとしては全くその通りに仕上がっており、それ以上補足すべきことは何も無い。

冒頭は宇宙の深淵で何かが生まれようとしているかのように、C音のドローン(保続低音)の上で半音階的に下降する弱音器を付けた弦楽器の長3和音と、その合間に挿入されるホルンのソロとハープで始まる。次いで弦楽器の和音による短い楽句を挟んで、ここが光の体の誕生シーンかと思われるキラキラしたチェレスタの音に彩られた、2本のフルートによる和音とホルンのソロによる神秘的な響きのする部分に入る。このような響きがするのは、旋律と和音が全音音階()によって書かれているためである。そして、塊となったエネルギーが一瞬強い輝きを放つようなオーケストラの強奏が静まっていくと、ハープがグリッサンドでかき鳴らされる経過的な楽句を経て、弦楽器の和音進行による包み込むような広がりのある旋律へと移る。続いてピアノの分散和音に乗って、甘やかな歌がオーボエのソロによって奏でられるが、この旋律はピアノの和音と弦楽器によってもう1度繰り返され、そこでクライマックスを迎える。こうした流れの中で、(前述の全音音階の部分を除けば)上声部はほとんど長和音が連続する和声付けになっており、短和音や不協和音が挟まることによる緊張と弛緩がほとんど生じないため、宇宙空間にたゆたうような浮遊感と、広がりと暖かみのある音響が生み出されている。そして最後もEの長3和音で静かに幕を閉じる。

第3楽章 出会い 〜可憐な乙女と不思議な猫〜

タイトルから想像される通り、かわいらしいイメージのこの楽章の楽器編成は小規模で、かつ構成も簡潔である。あくまで筆者の耳コピ能力の範囲での判断だが、金管楽器は無く、フルート2本、クラリネット2本、オーボエ1本、ファゴット1本、弦楽器は内声を支える白玉和音以外は終止ピツィカートのみで、あとは編入楽器としてハープとチェレスタ各1台、打楽器もカスタネット、タンバリン、トライアングルといった軽いトッピングのような組み合わせである。構成は大まかに言ってAパートとBパートの2パート構成であり、流れとしても、A、リピートしてA’、B、ダ・カーポしてA’、Bの途中からCodaという、リピート記号を使用した小品などで良く目にする素直にスタンダードなもの。

Aパートでは少女がバレエでも踊っているかのような主題がまず2本のフルートで交代しながら演奏される。次いでのびやかな旋律が、オーボエのソロ、フルートのソロ、クラリネットの2重奏による和音、弦楽器のピツィカートと引き継がれていく。Bパートに入ると、フルートの2重奏による和音の旋律に始まり、次いでタンバリン(皮なしのタイプか、リングの淵を叩いて皮の音がしないようにしている)のリズムに乗った弦楽器のピツィカートによるうきうきした気分を感じさせる部分に入り、最後は再びフルートの2重奏に戻る。Bパートのダ・カーポ後の繰り返しでは、この最後のフルート2重奏の部分がCodaへ飛んでリタルダンドし、Aパートの最初の主題を再現しつつデクレシェンドしていき静かに終わる。全体的に、晴れた日曜の昼下がりの街角で、陽気なお出かけ気分といったところ。

ところで、どうでも良いことと言えばそうなのだが、Bパートで同じリズムを繰り返すタンバリンの最後の一発が、申し訳なさそうな感じで中途半端にカサッと鳴るところがある。最初これは何だろう?と思ったのだが、後になって気が付いた。おそらく打楽器は奏者が1人で担当していて、ここは次の小節のためにすぐにタンバリンからトライアングルに持ち替えなければならないので、楽譜上はこの一発は除いて休符にしてあるのだと思う(音楽的な流れという意味での判断でもあるのだろうけれど)。それが、一拍分しか時間的余裕がない中で、持ち替えのためにタンバリンをテーブルに置いた際に少し鳴ってしまったのだろう。

第4楽章 闇の陰謀 〜エナジーハンターの罠〜

タムタム(中国起源の銅鑼)の静かな一打に幕を開け、闇の中から何か邪悪なものが生まれようとしているかのように、半音階的に進行する不穏な和音が繰り返される。やがてテンポが速まっていくと同時に音量も増していき、いよいよ邪悪なものの誕生かと思わせるような山場を築く。そして再び元のテンポと音量に戻って冒頭の音型が繰り返されるが、今度は生れ出たものが胎動するかのような印象を受ける。その後、音高が上下に跳躍する弦楽器のリズムが加わってくると、胎動が一層活発化したかのように感じられるが、最後は再び静まって不穏な雰囲気のまま闇の中に戻っていく。

第6楽章 恋の呪文 〜夢見る少女とバラ色の誘惑〜

ロールしながらクレッシェンドするサスペンダー・シンバルに導かれた序奏に続き、弦楽器によるドッラッドッラッ、レーシッ(休符)、ドッラッドッラッ、レーシシーソと繰り返すリズム音型に乗って、フルートのソロによる平穏な日常を思わせる主旋律が始まる。続いてソロ楽器はオーボエに引き継がれ、最初に序奏部で提示されていた旋律が奏される。この伴奏部のリズム音型は何度も繰り返されるが、これが恋のスペルなのだろうか?曲の冒頭では(休符)のところにハープとチェレスタのユニゾンでレソシドとリズム補填的な小旋律の応答が入るが、これが小さな魔法の呪文のようにも聴こえるため、余計そう感じるのかもしれない。前述のフルートとオーボエのソロを伴うパートはもう1度繰り返され、続く中間部ではやや寂し気な旋律がオーボエのソロで奏された後、憂いを含んだ弦楽アンサンブルへと続く。その後経過的な楽句を経て、(序奏部を除く)冒頭から前半部がもう1度繰り返された後、Codaでリタルダンドして静かに終わる。

第7楽章 ロマンス 〜星降る夜のときめき〜

これもCDのライナーの作曲者の言葉によると、「男女の愛を越えて大きな人類愛に近いイメージを表現」したのだそうである。冒頭は弦楽器の上声部で2音を繰り返す分散和音の柔らかいリズムに乗った、夢見るようなホルンのソロで主旋律が開始される。主旋律の前半部は、ピッコロのソロによるリズム補填的な小旋律の応答を伴って2度繰り返され、後半部ではクラリネットのソロによる対旋律が絡んで2声の対位法的な展開となる。続いて主旋律はヴァイオリン群へ、ピッコロの小旋律はホルンのユニゾンへと引き継がれて全体が繰り返された後、新しい展開へと進む。ここではフルートのソロが主旋律をたっぷりと歌い、ホルンやオーボエのソロが小旋律や対旋律の役割にまわる。そして、ティンパニのロールを伴ったオーケストラのトゥッティ(総奏)がクレッシェンドで盛り上がったのち再び冒頭に戻るが、今度は主旋律がピアノの和音とヴァイオリン群に引き継がれ、クラッシュ・シンバルの強打を伴うクライマックスを迎える。その後、曲はデクレッシェンドして終結部に入り、静かにきらめく星々の中へと消えていく。

この楽章の、こうした曲想の音楽にホルンのソロを持って来るところや全体の構成には、なんとなくジョン・ウィリアムズの「レイア姫のテーマ」(スター・ウォーズ)の影響が感じられる。もともと渡辺俊幸は、ジョン・ウィリアムズの影響で映画音楽の世界に飛び込んだのであるから、これはあながち的外れでもないだろう。

渡辺俊幸は21歳の頃からさだまさし専属のプロデューサー、編曲家として活躍していた。ところが、レコーディングのためにさだと訪米中に見に行った映画「未知との遭遇」の音楽に圧倒されてしまい、自分もそのような音楽を書きたいと思うようになってしまったのだという。ただ、とても独学では無理だと考えたため、さだの快諾を得て仕事を一時中断、バークリー音楽院に留学してクラシックやジャズの作・編曲技法を学ぶとともに、ハリウッド流映画音楽の手法はアルバート・ハリスの門戸を叩いて個人レッスンにより身に着ける。運命の出会いとも言えそうなエピソードであるのだが、面白いのは、どの映画を見に行くかという話になった時のもう1つの候補が、同時期に上映中だった「スター・ウォーズ」だったという点である。「スター・ウォーズ」と「未知との遭遇」とでは音楽のスタイルはだいぶ異なるものの、どちらも作曲者はジョン・ウィリアムズなので、もし「スター・ウォーズ」の方を見に行っていたとしても、もしかしたら結局は同じ人生を歩んでいたのかも知れない、そう考えると運命とは不思議なものに思える。

なお、渡辺俊幸のこれ以外の作品としては、アニメでは、順次下降する長和音の平行進行が浮遊感を感じさせるメインテーマやそのアレンジである予告編の音楽がカッコいいOVA版「マグマ大使」('92)、実写映画では、ストーリーを知らずに聴くと「自衛隊もの?」と思ってしまうような颯爽とした雰囲気が終始漂う「サトラレ」('01)などがいずれも印象に残る。

※)全音音階(全音階とは異なる)はオクターブを均等に(長2度、つまり全音ずつ)6つに分けた音階であり、このため系列はCDEF#G#A#とD♭E♭FGABの2つしかない。長調や短調の音階のように半音を含まないため、不思議な浮遊感を感じさせ、作曲家ドビュッシーが印象派と呼ばれる新しい音楽表現の道を切り拓く手段の1つとして大いに活用したことで知られる。子供向け科学番組などで「はてな?」を表す時にも良くアルペジオで効果音的に使われたりしているので、思い当たる方もいらっしゃるのでは。アニメの音楽では、若草恵(わかくさけい)が弦楽器やシンセサイザーのパートで全音音階の和音の下降グリッサンドをしばしば使用しており、聴けば同作曲家の作品とわかるトレードマークとも言える特徴の1つとなっている。

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