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交響曲第2番「美と調和」

Isamu Kamata

鎌田 勇

1)KAMATA COLLECTION etc. PRCD-5286~9 / EQUANT

2)鎌田勇作品集 VICG10 / ビクターエンタテインメント

いずれも、指揮:尾高忠明/東京フィルハーモニー交響楽団

世の中に、2足の草鞋を履いてそのどちらにも才能を発揮する人物というのは居るもので、日本の著名な作曲家においてもそれは決して珍しくない。
松下真一(まつしたしんいち)は、理学博士号を持ち、大阪市立大学助教授、ドイツ国立ハンブルク大学客員教授、同理論物理研究所研究員を歴任して、数学者としても活動した。作曲はほとんど独学という。
端山貢明(はやまこうめい)は、東京藝術大学やパリ国立音楽院を経て作曲家として活動する一方で、ソシアルダイナミクス研究所を設立し、コンピュータグラフィクスの技術表現や社会メディアとしての研究を行うなど、音楽に留まらないメディア表現の研究に従事した。
また、松平家の子孫でもある松平頼暁(まつだいらよりあき)は、立教大学理学部において生物物理学者として研究活動も行っているし、民族音楽を素材としたユニークな音楽活動で知られるアマチュア音楽集団「芸能山城組」の組頭、山城祥二(やましろしょうじ)は、農学博士の学位を持ち、本名の大橋力(おおはしつとむ)の名義では音響や脳に関する研究なども行っている()。

ここで紹介する鎌田勇(かまたいさむ)も、そうした2足の草鞋を履く作曲家の1人である。本職である実業家としても成功し、沖ユニシスやEQUANTといった数々の会社の代表取締役などを歴任している。作曲家としてはアマチュアということになるが、それはあくまで生業としての職業はサラリーマンを選択したという意味に過ぎず、国内外のプロの演奏家によって作曲を委嘱されたり作品が演奏されたりしている。そういう意味では、本職は保険会社のサラリーマンだという肥後一郎(ひごいちろう)と立ち位置的に近いと言えるだろう。ただ肥後の場合と違って、邦人作曲家の作品も扱ったクラシック関連の作品解説本において鎌田の作品が取り上げられることはほとんど無く、その点は残念という他ない。

鎌田勇の作曲活動は、大きく前期/中期/後期に分けられる。作品は全般にタイトル付けがちょっと恥ずかしい(笑)傾向があり、学生時代にあたる前期の作品、例えば10代後半の学習院在学中に、同校のオーケストラのために作曲した「組曲《学習院》」などは、音楽自体も各楽章のタイトル(友愛、校庭の桜の下で、初等科にて、少年寮の月に、足音)そのままの内容であり、明るい優等生的な雰囲気が、聴いていて正直ちょっと恥ずかしい。日本人が聴くと、演歌や軍歌を聴いて育った世代らしいというか、時に朝ドラの音楽に聴こえてしまう「交響曲 第1番 ホ短調《み空の華》」(第三者の落ち度により第三楽章の楽譜が逸失)や「ピアノ三重奏曲 変ロ短調《久遠の愛》」も同様である。

ところが、中期以降の作品になってくると、タイトル自体は《美と調和》とか《真夏の美》とか、相変わらずちょっぴり恥ずかしいのであるが、音楽そのものは俄然硬派になってきて、カッコ良いの一言。ここで取り上げた「交響曲 第2番《美と調和》」などは、曲想的に決して似ているわけではないのだが、どこかアルベール・ルーセルの代表作である「交響曲 第3番」の重量感と硬質感を思い出させるものがある。無調で書かれていながらいわゆる「前衛」ではないのだが、同じ邦人アマチュア作曲家の手による作品でも、知る人ぞ知るノルドストーム(本名は野沢秀通で、本職はレコードショップのオーナーらしい)の交響曲のようなロマン派どっぷりの趣味的な内容とは一線を画すものである。この時期の作曲者は、一楽章形式を好んで用いたようで、この交響曲でも同様であるが、そのことも音楽を構成的にぐっと凝縮して緊密度を高めることに貢献しているように思える。
ところで、この交響曲の標題についてであるが、かつて黛敏郎時代の「題名のない音楽会」で、「ある日曜作曲家と仲間たち」('91/05/03 渋谷公会堂で収録)と題して本職は保険会社の重役であったというチャールズ E. アイヴズとともに鎌田の作品が紹介されたことがあり、作曲者本人がインタビューに答えて語ったところによると、特に曲との結びつきは無く、「やはり世の中、美と調和がなければいけないだろうという私の考え方」によるものだということであった。

曲は、まず弦楽器のフラジオレット(ハーモニクス奏法)による、沈鬱ながらどことなく雅楽の音取を思わせなくもない白玉音で静かに幕を開け、そこにティンパニによる単音のゆっくりとした連打がやはり静かに加わって来る。単調に刻み続けるティンパニのリズムに乗って、オーケストラの楽器が次第に加わり厚みを増してくるが、ヴァイオリン群がヒステリックな単音を繰り返す特徴的な部分を経た後、シンバルの一撃とスネアドラムのロールとともに戦争が勃発したかのように緊張感が高まる。その後も緊迫した雰囲気の音楽が持続するが、嵐の接近を思わせる部分に続いて途中大きく盛り上がると、トランペットの3連符を伴う音型に続くティンパニのダダダッ、ダダダッというリズムを伴う部分が1つの印象的な山場を築く。この特徴的な音型は間をおいて4回訪れる。その後鎮静化した音楽は、緊迫した雰囲気のまま静かに続くが、曲の終止部で駆け込むように少し速度を速め、終止感の曖昧な和音の強奏をもって全曲を閉じる。

なお、2)のCDは、1)のCDのDISC-1と同じ音源で、「ヴィオラと弦楽合奏のための協奏曲《真夏の美》」、「組曲《学習院》」、「交響曲 第2番《美と調和》」の3曲が収録されている。1曲目の《真夏の美》もやはり無調の一楽章形式で書かれており、茹だるような夏のけだるさを感じさせる硬派な音楽である。
一方、1)のDISC-2~4には、2)のCDにない「交響曲第1番 ホ短調《み空の華》」、「ピアノ三重奏曲 変ロ短調《久遠の愛》」、「ヴァイオリン協奏曲 第2番」などが収録されている。このCDはEQUANT社のプライベート盤と思われるが、(この記事を書いている時点では)オークションサイトなどでも比較的目にする。ただ、2)のCDをすでに持っている場合に、この4枚組CDの購入をあえて検討する価値があるのは、(コレクター根性で買い揃えたい場合を除けば)後期に作曲された「ヴァイオリン協奏曲 第2番」を目当てにする場合だろう。そこには、一層の渋みを帯びた静謐な世界が広がっている。

※)2足の草鞋を同時に履いているとは言えないかもしれないが、ドラマやアニメの劇伴音楽で広く活躍している林ゆうきは、元新体操選手だったという点で異色の存在である。本稿で述べたように、作曲家が他の分野にも才能を発揮する場合でも、大抵は科学や人文といった、やはり文化系の分野に対してであることが多く、体育会系出身の作曲家というのは少なくとも筆者は他に聞いたことが無い。何せ新体操のBGMの選曲を通じて音楽の方に興味を持ち、大学時代に音楽経験が無い所から独学で作曲活動を始めて、今では業界から引っ張りだこの作曲家に上り詰めているのだから、これはこれで凄い。このような人がいるのなら、元フィギュアスケート選手という作曲家が出て来てもおかしくないのかも。

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