オーケストラものに重点をおいた音楽への非正統派なご案内
Michael Nymanマイケル・ナイマン |
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1)FSCA-10001 / ファーストスマイル・エンタテインメント(株) マイケル・ナイマン・バンド他 2)KTCR-1403 /(株)キティーエンタープライズ pf:マイケル・ナイマン 「エネミー・ゼロ」は、かつてプレイステーションと覇権争いを繰り広げたゲーム機「セガサターン」用のインタラクティブ・ムービーである。乗務員7人を乗せ、任務を終えて地球に帰還する途中の大型宇宙船が突然姿の見えない敵に襲われ始めるという、ちょっと映画「エイリアン」を彷彿とさせる部分もあるストーリー。監督・脚本は飯野賢治。当時カリスマゲームクリエーターとして一世を風靡し、サインをせがむ少年たちが周りに群がる姿がニュースに報道されたりしていたことも思い出される。また、自らの代表作である「Dの食卓」のセガサターン版では、ディレクター、シナリオの他、オリジナル・テーマ曲の作曲まで手掛けた才人である。 そんな飯野が、本作の音楽を他人に任せるにあたって白羽の矢を立てたのは、何とマイケル・ナイマン。映画の仕事ではピーター・グリーナウェイ監督とのコンビが有名であるが、一般に彼の名を広く知らしめたのは、何と言ってもジェーン・カンピオン監督の映画「ピアノ・レッスン」の音楽であろう。 19世紀のニュージーランドが舞台でありながら、ポスト・ミニマリスムという今日的なスタイルに裏付けられた、短いフレーズの繰り返しによる抒情的なピアノ曲。それが、主人公が浜辺でピアノを弾くというミスマッチな光景に不思議な説得力を与えていた。 ナイマンならではの音楽の特徴というと、自ら率いるナイマン・バンドの、各種のサクソフォーンを中心とした編成による独特のサウンドと、そして何と言っても短いフレーズを何度も繰り返した後に唐突にフッと終わってしまうその終結部であろう(というより、終結部が無いと言った方が良い)。フェードアウトで終わらせるはずが、うっかり忘れてしまったかのように、ひたすら繰り返してプッツリと終わる。「音楽とは、起承転結によるストーリーを持つものだ」という、これまで我々が疑ってもみなかった古典的な常識に従って作曲することを、まるで拒絶してみせているかのようである。 本作の音楽は、そんなナイマンの特質が良く表れている作品。1)のサウンドトラックでは、音楽は編成によって以下の4種類に分類することができる(※)が、特に[C]に属する「混乱(Confusion)や表題作である「エネミー・ゼロ(Enemy Zero)」、「見えない敵(Invisible Enemy)」等で上記の特徴を確認することができるだろう。 [A]ピアノ [B]ピアノと小編成ストリングス [C]マイケル・ナイマン・バンド [D]マイケル・ナイマン・バンドと大編成ストリングス [A]では、ゆったりと抒情的なピアノソロによる「愛のかたち(Aspects of Love)」や、オクターブの同音連打でコンピュータ的なイメージを表現した「デジタルの悲劇(Digital Tragedy)」等が代表的なところ。そして何といってもお気に入りは[C]にピアノが加わった「機能停止(Malfunction)」。筆者は本ムービーをプレイしたことは無いため、どのようなシーンで使われたのかは想像するしかないが、4/4、5/4、6/4と目まぐるしく拍子が変わる緊迫したシーンを思わせる音楽で、パニック映画やアクション映画等で主人公達が危機に陥るサスペンスフルなシーンの音楽がお好きな方は、きっとわくわくさせられるはずである。 また特徴的なのは、[B]にソプラノが加わった「苦悩(Agony)」で、何か歪んだような異様な感情を表現するために、ここでは複調(多調)という手法が用いられている。複調とはつまり、例えばハ長調とヘ長調のように異なる調同士を複数同時に重ねて用いる手法のことなのだが、ここでは伴奏が歌と異なる調で演奏されるため、歌手にとっては自分の音程が間違っているように聴こえて大変歌いにくいのである。この難曲でソプラノを歌っているのは、同じくナイマンの映画「コックと泥棒」でもその歌唱力を披露したサラ・レオナルドである。 また、2)で挙げた「ピアノスケッチズ」の方は、サントラ全体の基本的なモチーフとして最初に作曲された4曲のピアノ・スケッチ、「愛のテーマ」、「ローラのテーマ」、「デジタルの悲劇」、「エネミー・ゼロ」のうち、曲の性格上ピアノ・ソロにふさわしくないという理由で割愛された「エネミー・ゼロ」以外の3曲が、先行的に収録・発売されたものである。 なお、当時この「エネミー・ゼロ」の音楽は、ナイマン・バンドの来日公演のプログラムにも数曲が加えられ、ナイマン本人のピアノ・ソロで演奏された。筆者は当時勤めていた会社の先輩に誘われてコンサートを聴きに行ったが、ゆったりとして情感たっぷりなCDでの演奏に比べると、テンポが速めで妙にドライな演奏であった。失礼ながら、「このおっさん、トイレに行きたいのかな?」と思ってしまった次第。正直なところ、演奏としてはCDの方が良いと思う。 ※)厳密には、[B]や[C]にさらにヴォーカルやピアノが加わる場合もある。 |
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