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ミシマ
(Mishima: A Life In Four Chapters)

Philip Glass

フィリップ・グラス

79113-2(国内仕様:WPCS-16019)/ NONSUCH

指揮:マイケル・リーズマン
弦楽四重奏:クロノス・カルテット
その他:不明

映画の原題は「Mishima: A Life In Four Chapters」(’85)。三島由紀夫が1970年11月25日に自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自決するまでを、小説のダイジェストや回想のシーンを交えながら描いた、緒形拳主演、フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカス(!)のプロデュースによる日米合作映画である。残念ながら諸般の事情でこの記事を書いている時点でも日本公開は見送られたままであり、DVD化等も日本ではされていないため、幻の映画のようになってしまっている。
ただ幸いなことに、キャストが皆日本人であり、台詞も日本語であるために輸入盤のDVDやBlue-Rayで視聴された方も多いようである。このため、このサントラを映画とともに耳にされた方のニーズがそれなりにあったからなのか、あるいはもっと単純にノンサッチというレーベルのフィリップ・グラスのシリーズに人気があったからなのか、事情はわからないが、本サントラCDはかつてワーナーミュージック・ジャパンから国内向け仕様で発売されたこともある。

本サントラは、一般的なフィルム・スコアリングより凝った手法で制作されている。まず、フィリップ・グラスが脚本に基づいてスコアを書き、プロデューサーのクルト・ムンカッチ、指揮者のマイケル・リーズマンとともに仮のシンセサイザー版を録音する。次に映画監督のポール・シュレーダーがこのスコアに合わせて映画を編集し、今度はグラスが編集された映画とスコアを基に書き直した音楽をオーケストラで録音して、最終ミキシング段階で修正を監督する、といった具合である。映像と音楽のシンクロニゼーションに、如何に気配りがされたかがわかるだろう。

作曲者のフィリップ・グラスは映画専門の作曲家ではなく、コンサート用の純音楽も書くが、自身を「シアター・コンポーザー」と定義付けており、オペラ「浜辺のアインシュタイン」に代表される劇場作品やドキュメンタリーを含む数々の映画のための音楽は、その作曲活動において中心的な位置を占めている。またその作風については、テリー・ライリー、スティーブ・ライヒと並んでミニマル・ミュージックの御三家(あるいはラ・モンテ・ヤングを加えて四天王)と称されることもある。
ミニマル・ミュージックとは、最小限に切り詰められた音型を延々と反復したり引き延ばしたり、あるいは重ね合わせたり位相をずらしたりして、その際に生じる音響の微細な変化や音のモアレなどに焦点を当てた音楽を指して言う。ジャンルとしてはクラシック音楽の延長線上にある、いわゆる現代音楽に位置付けられるが、前衛音楽のような晦渋さとは無縁の親しみやすい音楽も多い。親しみやすさについては、作曲家としての経歴がミニマル・ミュージックからスタートしたわが国の代表的な作曲家として、久石譲の名が挙げられることからもイメージできるだろう。また近年、映画やアニメのサントラでも、(特にスティーブ・ライヒ風の)ミニマル・ミュージックの手法が、ごく一般的に使用されるようになってきてもいる(

本サントラの素材は、弦楽四重奏版(第3番「MISHIMA」)、ギター四重奏版、ピアノ協奏曲版(サントラの指揮も務めたマイケル・リーズマン編)など様々な楽器編成による純音楽としてもアレンジされている。弦楽四重奏版の評判は、ネット上に投稿された感想などを読む限り比較的良いようであるが、筆者としてはこのサントラ版を推したい。

トラック3「1934年: 祖母と公威(きみたけ)」やトラック6「1937年: 聖セバスチャンの殉教図」などのように、サントラにも元々弦楽四重奏の編成の曲もあるのだが、一方で、トラック2「11月25日:朝」とトラック8「11月25日: 市ヶ谷」のスネアドラムとティンパニを加えた決死の突撃を思わせるリズムは、カッコ良いという他ない。
特に「11月25日:朝」は、ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ボンと低音弦のピツィカートによる踏み鳴らすような単調なリズムで始まり、そこにタタタタタッ、タタタタタッ、とスネアドラムが加わってきて、冒頭から進軍調である。CDのジャケット写真にある日の丸をあしらったハチマキ姿の三島由紀夫(緒形拳)のイメージが、この曲を聴くと腑に落ちる。弦楽四重奏のみの方が、内省的なイメージは強調されるかも知れないが、一方で打楽器抜きではこれらの曲のようなダイナミズムを味わうことはできない。何よりも、戦闘的で勇壮な曲想のミニマル・ミュージックなどというものには、他ではなかなかお目にかかれないだろう。

編入楽器による効果は、トラック1「MISHIMA/オープニング」やトラック4「金閣寺」に見るウィンドチャイムやチューブラーベル、ハープによる煌びやかな装飾や、トラック12「11月25日: 最期の日」におけるティンパニやチューブラーベルによる法悦的なイメージの強調においても発揮される。また、トラック13「F-104搭乗:『太陽と鉄』よりエピローグ」においては、唯一パイプオルガンも使用される。

さらに、トラック5「収のテーマ: 鏡子の家」の前半のように、ヴァイオリン・ソロによるメロディラインを持ち、ミニマルな音型は伴奏にまわってエレキギターとドラムセットのペアが担うような曲もある。'60年代ロカビリー風ミニマルとでも言ったら良いのか、もうこうなってしまうと、この楽器編成があってこその表現だと言えるだろう。このような楽器編成やリズムは、売れない青年俳優、収の役を演じるのが沢田研二だからということなのか。

ミニマルな音型の上に、民族楽器を初めとするワールド・ワイドな音響を重ねていくのはフィリップ・グラスの特徴の1つである。映画音楽「クンドゥン」におけるチベットの仏教音楽の楽器を加えた土俗的な世界もさることながら、音楽による世界紀行のような「ORION」となると、楽章毎のタイトル(国名)に応じて、オーストラリアのディジュリドゥ、中国のピパ(琵琶)、北インドのシタール等々...、ついにはブラジルの4人組グループ「ウアクチ」による創作楽器アンサンブルに至るまでが編入され、もはや何でもありのブッ飛びよう。「MISHIMA」においても、弦楽四重奏のほの暗い音響の上に、編入楽器による独自の効果が加わるとどうなるのか、サントラ版ならではのグラス・ワールドを、ぜひ体験してみていただきたい。

※)もはや、「スティーブ・ライヒ風ミニマル」というのは、パロディや模倣ではなく「作曲技法」の1つである。実例として、実写では「The Mecha World」~映画「A.I.」(’01、ジョン・ウィリアムズ)、アニメでは「壮絶!梁山泊エキスパート戦」~OVA「ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」(’94、天野正道)、「逃げ出せない」~映画「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」(’07、神前暁)、「陣内家の団結」~映画「サマー・ウォーズ」(’09、松本晃彦)、「requiem phases」~TV番組「平家物語」(’22、牛尾憲輔)などを挙げることができる。いずれもミニマル・ミュージックを主とするわけではない作曲家の手によるものである。また、実写映画「ジャネラル・ルージュの凱旋」('09、佐藤直紀)では、「フィリップ・グラス風ミニマル」な曲がしばしば登場する(一部スティーブ・ライヒ風も)。

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