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スペース・ファンタジア 2001夜物語

Satoshi Kadokura

門倉 聡

VDR-1366 / ビクター音楽産業(株)
(1987/05/21発売)

キーボード:門倉聡、打楽器:高田みどり、
弦楽合奏:前田昌利ストリングス、
チェロ独奏:溝口肇、他

アニメーション分野で門倉聡のオーケストラ物が聴ける作品といえば、「ウィンダリア」「2001夜物語」「機動戦士ガンダムF91」の3つが代表的なところであろう。さて、この中から1つだけ代表作を選ぶとしたら、どれが良いだろう。

まず「ガンダム」はどうか。映画そのものは、貴族主義社会の実現を目指す軍事組織と地球連邦政府の対立を物語の軸としていることに加え、鉄仮面を被ったキャラクターが登場するなど、「銀河英雄伝説」と「スターウォーズ 帝国の逆襲」を足して2で割ったような世界観となっている。このため、音楽的にはワーグナー調の崇高感漂う音楽を基調にクラシックなどからインスパイアされた曲を散りばめ、シンフォニックなスタイルの中に「貴族」や「帝国」といった切り口でイメージの作り込みを図ったようだ。

アルバムにはサウンドトラックと交響詩の2種類があり、後者からも一部の曲が映画に使われたので、ここでは両者を区別しないことにするが、全体を俯瞰してみると実際にいくつか原曲を特定することができる。ワーグナーでいえば、楽劇「ニーベルングの指環」の「ワルキューレ」第1幕の前奏曲や「神々の黄昏」第1幕「ジークフリートのラインへの旅」など(後者については筆者は門倉版の方が好みだが)、その他ではジョン・ウィリアムズの「スターウォーズ 帝国の逆襲」の「べスピンからの救出/ハイパースペース」や「帝国のマーチ」、バルトークのバレエ音楽「中国の不思議な役人」の冒頭(しばしばストラヴィンスキーの「春の祭典」と誤解される)や「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の第3楽章、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」や同じく「春の祭典」、「ペトルーシュカ」(第4場の道化師たちの踊り)などである。また、クロスボーン・バン軍のテーマとも言える行進曲風の曲も、原曲と言うほど類似性は無いものの明らかに前記の「帝国のマーチ」をヒントにしている。このように元になった曲が存在することには、リスナーの好き嫌いが分かれるところと思うが、これは必ずしも作曲家本人の発想ではなく、映画製作者側の注文によるところがあるだろう。筆者が知る限り、本作は門倉聡の唯一の本格的なオーケストラ作品であるし、予告編に使われたサウンドトラック冒頭の「新たなる宇宙へ」からして映画の世界観を一発で表現していて、総合評価としては気に入っているのだが、結果としてこの作曲家本来の持ち味とはかなり異なった作風となってしまっているため、その意味で代表作に選ぶには難があるだろう。

次に「ウィンダリア」だが、これは長く人気のある作品のようで、サントラアルバムも何回か再販されている。門倉聡らしい抒情的なオーケストレーションも健在であり、そういう意味で代表作と言っても良さそうである。

物語の主人公イズーは、妻マーリンへの愛情と立身出世への熱望のあまり敵国に与して厚遇を得るが、命を狙われたことから我に帰り、懐かしい我が家に辿り着く。しかしそこで待っていたのは敵国との戦争ですでに亡き人となった妻の魂であった。この辺りから物語のラストへ向けて山場を作っていく「風のささやき」は、正にこの作曲家の真骨頂といえ、主人公が妻との別れを悟る場面で、新居昭乃による名エンディング「美しい星」のテーマをオーボエのソロで切なく流していくところなど感動的ですらある。問題は全体の作風が「2001夜物語」と同傾向であることで、どちらを選ぶか迷うところであるが、門倉聡という作曲家の作風と作品の世界観とのマッチングという観点から、最終的に「2001夜物語」の方に軍配を上げた。また、すでに有名な「ウィンダリア」を改めてこのコーナーで採り上げるよりも、知名度で劣る「2001夜物語」を紹介すること自体にも意義があるだろう。

物語の原作は、アーサーC.クラークやロバートA.ハインライン等の著名な古典SF作品にオマージュを捧げた星野之宣の連作短編コミックスであるが、アニメ-ションはその壮大な叙事詩的世界観を損なわずに映像化することに成功したと言えるのではないだろうか。原作の一部を選んで60分という短い尺にまとめるにあたり、中西妙子によるナレーションが物語の背景を補足的に説明する構成が採られているが、それが山根基世等のナレーションによるNHKの科学ドキュメンタリーのような雰囲気を醸し出し、独特の世界観の作りこみに効果を上げている。そこに、金管楽器(本作では本物ではなくシンセサイザーのようだ)を控えめに用いた温もりのある音響設計や、しばしば木管楽器や弦楽器のソロを挿入するオーケストレーション、小編成のアンサンブルによる楽曲といった、門倉聡らしい特徴を持つ抒情的な音楽が加わって、程良い相乗効果を生んでいるのだ。作曲者の経歴によると、中学生時代から三枝成彰(当時、成章)の下で劇伴のキーボードを弾いていたようであるが、師弟関係にある作曲家間にしばしば見られるように、弟子が師匠の作風の影響を受けるということは無かったようだ。金管楽器もふんだんに使い、複雑なリズムを多用するエッジの利いた三枝音楽の影響を、この作曲家の作品から聴き取ることは困難である(佐藤勝と久石譲の関係みたい)。

物語は大きく分けて「宇宙の孤児(スター・チャイルド)」「地球からの贈り物」「遥かなる地球の歌」の3部構成だが、そのままのタイトルが付された3曲がまず代表的な聴き所。特に「遥かなる地球の歌」は門倉聡の特徴が集約された本当の意味でのメインテーマとも呼べるものであり、構成的には「ウィンダリア」のテーマにも通じるものがある。この曲と、人類が超空間航法の発明に至った経緯をナレーションで語るシーンのバックに流れるダイナミックな「地球からの贈り物」が、CDに収録された数少ないオーケストラ物である。また、「宇宙の孤児」は、ピアノやギターの伴奏に乗せて(おそらく溝口肇による)のどかなチェロの独奏を聴かせるアンサンブル曲である。この他、「オズマ星」では、独特な装飾音を多用したピアノ独奏曲を聴くことができる。装飾音に特徴がある作曲家と言えばショパンがいるが、門倉聡の場合も聴いてすぐ誰の作品かわかる特徴の1つとなっている。同様の装飾音は、「危機」やウィンダリアの「迷いの森」でも聴くことができる。

アルバムとして残念な点は、収録曲の選定に不満があることである。本作はオーケストラ物ばかりではなく、シンセサイザーの曲や、エレキギターを使ったロック調の曲などもあるのだが、なぜかそれだけ作品の世界観から今ひとつ浮いている気がするエンディングテーマのバリエーションを3曲も収録するくらいなら、生楽器を使った曲をもっと収録して欲しかった(例えば、冒頭のナレーションのバックに流される曲)。是非完全版のサントラを発売して欲しいものである。(それにしてもこのエンディングテーマ、同年に公開された映画「オネアミスの翼(王立宇宙軍)」のエンディングと(作曲:坂本龍一)とリズムパートが妙にそっくりなのだが、偶然だろうか?)

なお、星野之宣による原作は、「アップルシード」等で知られる曽利文彦監督により、2009年に再びアニメ化された。ここでは原作から「楕円軌道」「共生惑星」の2編が選ばれたが、原作のアメリカン・コミックスのような絵柄の人物が、同監督が開発した3Dライブアニメという手法で実写風の立体感を持って表現され、物語だけでなく映像的にも大人の作品として楽しめるものに仕上がっていた。音楽はシンガーソングライターでもある高橋哲也。現代的に表現された作品の映像イメージが、(乱暴な表現だが)クラークというより映画版スタートレックに類する印象であったこともあり、音楽も21世紀に入ってからのハリウッドの宇宙SF映画に良くある音響重視のスタイルとなっていた。それはそれで心地良い響きであり、筆者も嫌いではない。しかし、サントラとして長く愛聴できるかという観点で見ると、マンネリ化が進みすでに斜陽期に入ったとも思えるハリウッドの映画音楽の延長線上で作られてしまっている点が物足りないことは否めない。物語の持つ詩情を、個性的な音楽との相乗効果で膨らませることに成功している門倉作品とは、比べるべくもないのである。

最後に蛇足ながら、この作曲家は「死国」という実写映画の音楽も担当している。しかしながら、ここに挙げた一連の作品とはまた異なる作風となっていて、同傾向のものを期待して買うとがっかりしてしまうかも知れないのでご注意を。

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