暗黒神話

Kenji Kawai

川井 憲次

PILA-1018 / パイオニアLDC(レーザーディスク)(1990/06/25 発売)

川井憲次といえば、今や海外からもオファーが来る押しも押されぬ劇伴音楽の作曲家といえるが、もともとギタリストであるこの作曲家がこの分野で成功したのは、やはり押井守監督という特異な才能との出会いが大きかったことは異論を待たないであろう。実際のところ、この作曲家が担当したアンダースコアの中では、押井監督と組んだ作品群が抜きん出ていることは間違いない。劇場版「機動警察パトレイバー」のスチールドラムを中心に用いた音楽や、やはり劇場版「攻殻機動隊」の民謡歌手にブルガリアン・ヴォイスで歌わせた声楽曲など、極めて独創的な表現により、その曲が使われたシーンと共に観客に一度聴いたら忘れられない強烈な印象を残すものとなっている。同監督以外による映像作品に付けられた音楽も、”川井節”と呼ばれる独特の節回しで高揚感を高めてくれる「カッコイイ」曲が多く、一定の質を保っていることは確かだが、音楽的なオリジナリティとインパクトでこれらに匹敵する作品となるとなかなか無い、というのが率直な感想である。

そんな押井監督以外の作品の中から、あえてこのコーナーで採り上げようと思ったのが、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)「暗黒神話」の音楽である。原作は、考古学や民俗学的な要素を題材にした物語でカルトな人気を誇る漫画家 諸星大二郎の初期の代表作。ヤマトタケルが現代に転生した主人公 武(たけし)が、宇宙の根本原理であるブラフマンに導かれ、地球の命運を握るアートマンとして覚醒してゆくまでの物語を、日本の古代史や神話に纏わるアイテムをパズルのように当て嵌め、謎解きを絡めながら描いてゆく。OVAはこの原作にかなり忠実に作られており、安心して見られる反面、アニメーションならではの際立った脚色や創意はなく、この川井憲次の音楽が無かったら、わざわざアニメーション化した面白みは半減していたに違いない。

音楽の演奏はシンセサイザーが中心と思われるが、全般に打楽器音を中心とした民族音楽調の曲が目立っている。残念ながら、本作はサウンドトラックが商品化されていないので、ここではとりあえず筆者が勝手に名付けた曲名で紹介してゆくことにするが、何といっても竹原古墳の壁画(天の斑馬)や馬頭観音のシーン、およびラストの謎解きからオリオン座の馬の首星雲までのシーン等に流れる「馬頭の神」が印象的である。アニメーション化という作業は、描線のシンプル化と着色の平板化により、原作のタッチを失わせてしまう宿命を必然的に負っている。まして、他の誰にも真似できないと言われる諸星大二郎の独特の画法から生み出される「怪異なるもの」の存在感を、他人の手で動画の上に再現することは困難であろう。その失われてしまったものを補完し、さらに原作にない効果をも付与して演出の再構成を行う役割を担っているのが音楽である。この曲は極めてシンプルな音階とリズムの繰り返しから成るが、民族打楽器的な音響のドゴドゴと地の底から湧き上がるような土俗的エネルギーが、1枚絵で語られるシーンに生命力を吹き込み、圧倒的なメッセージ性を伴って迫ってくるものへと変貌させている。そして、異界の土着信仰的なイメージが、途中から被ってくるピッチが不安定な感じの笛の音によってさらに強調されるのである。

この他、武がオオナムチと出会うシーンの「暗黒の神」や、室井恭蘭の「信濃秘志」や羅喉(らごう)を描いた紙片が登場するシーンで流れる、ガムランのゴングのような打楽器音による「古(いにしえ)の伝承」、篳篥やシャナイを思わせる音色の楽器が主旋律を奏でる如何にもアジアの民族音楽といった感じの「エンディングテーマ」なども良い。物語全体にオカルト的な要素もあり、そうしたジャンルの作品に対する川井憲次のいつもの手慣れた楽曲も多いことから、劇中に使われるすべての曲を推奨するというものではないが、これら印象的な曲の数々が、サウンドトラック全体を忘れ難いものにしているのである。

よって、是非サントラ盤を出して欲しい作品であるのだが、作品を企画したdezというマイナーレーベルが今はどうも存在していないようなので、版権がどうなっているかやや心許ない。しかし、これまで作曲者の作品集等に一部の楽曲が収録されたということすらも聞いたことがないので、そのような形でも良いから少なくとも上記に挙げた曲が発売されることを期待したい。

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