サマーウォーズ

Akihiko Matsumoto

松本 晃彦

VPCG-84899 / (株)VAP

本来であれば、この手のアルバムはこのコーナーで紹介することはないはずであった。筆者はこのような「オーケストラあり、ロックあり、...」といったコンピレーションアルバム的なサントラが好きではないからだ。では、なぜ取り上げたかというと、オープニング曲 "Overture of the Summer Wars " がすっかり気に入ってしまったから。

ひょんなことから、同じ高校の憧れの先輩 篠原夏希に誘われ、長野県にある夏希の祖母 陣内栄の家を訪れることになった主人公の小磯健二。アヴァンタイトルに続くタイトル文字の大写しに金管楽器によるファンファーレが華々しく被ると、ハチャトゥリアンの「剣の舞」を思わせるような弦楽器の弾むリズムに乗って、「さてさて、かくも賑々しく映画の始まり始まり~」とばかりに、蒲田行進曲(*)と運動会のBGMを足して2で割ったような、どこかユーモラスで賑やかな主題が始まる。その音楽に乗ったタイトルバックでは、健二と夏希が新幹線やバスを乗り継いで栄の家に向かう旅程を描きながら、途中で三々五々と合流してくる夏希の親戚たちの台詞によって、物語の重要な背景が語られてゆく。そして、壮大な自然に佇む栄の大屋敷を健二が目にするところで、ハリウッドの映画音楽調の雄大かつ清々しい主題で盛り上がって終わるのだ。

映画が大衆娯楽の王様だった古き良き時代、そんな時代の銀幕への憧憬すら感じさせるようなこんな音楽には、久しく出会ったという記憶がない。ましてアニメでは。だから1曲くらいこんな曲を取り上げても良いんじゃないか、とそう思ったのだ。
松本晃彦といえば、代表作「踊る大捜査線」を始めとして、多くのドラマや実写映画のサウンドトラックを手掛けている作曲家である。実際、このアルバムの音楽も全体を通して聴くと実に実写臭い。

コンピレーションアルバム的なサントラは好きではない、と先にも書いた。それは、映画全体のカラーに統一感がなくなり世界観がぼやけてしまうという客観的な理由と、音楽的に大抵つまらなくなるという主観的な理由があるが、特に邦画系実写映画のサントラではそうした構成を多く目にする。しかしながら、このアルバムの場合は、現実世界と仮想世界が交錯しながら進む映画の構成を、主に前者(現実世界)に生楽器、後者(仮想世界)にエレクリック楽器を使って描き分けるという仕掛けで支えており、ある程度納得がいく根拠があるのだ。 それにしても、この映画はずるい。「~ウォーズ」と言いながら、予告編でもTVコマーシャルでも田舎のシーンばかり写していて、一体何と戦っている話なのかは一切ヒントが与えられない。映画を見に行くと、冒頭からいきなり予想外の仮想世界OZのシーンで始まり、実は現実世界とネット上の仮想世界が交錯する構成になっていることが、初めてわかるのだ。

OZにハッキングし社会に混乱をもたらす人工知能との闘いを決意する男たち、そんなことよりも目の前の祖母の誕生祝いや葬式の準備といった日常の仕事で頭がいっぱいの女たち、一人だけTVにかじりつき、甲子園の出場がかかった息子の試合しか頭にない由美と、大家族がそれぞれに生きる異なる世界が交錯しながら現実世界は進行する。そして、ネット世界に端を発した世界の危機を最後に救ったのは、人と人との絆(ネットワーク)だった...。

ところで、例によって音楽の話から横道に逸れるのだが、この映画、事件は暗号解読に始まり暗号解読に終わる。このため、この序曲に乗った映画のタイトルバックでは、自称「数学オリンピックの代表になり損なった者」健二の数学的能力を示唆するシーンがさり気なく挿入されているのだ。
1つは、新幹線の中で夏希先輩の誕生日の曜日を計算してみせるシーン。「モジュロ演算」を使ったと主人公は述べているが、要は誕生日から今日までの日数を7で割った余りから求めたという意味でこれ自体は別に高度な数学ではない(モジュロとは割り算の余りのこと)。すごいのはむしろ誕生日からの日数を求める暗算力の方だろう。天文学の世界では、このような日数を、一般に歴史上のある日付を起点にした「ユリウス日」という通算日で表すが、西暦の日付をユリウス日に変換するのに難しい演算は必要無いものの、結構手間のかかる計算が必要である。
もう1つは、電車の中で数学の教科書らしき本の「shorの因数分解アルゴリズム」のページを読んでいるシーンである。これは簡単にいうと、量子コンピュータで計算を行うための解法の1つなのだが、量子コンピュータは、現代のコンピュータでは解読に膨大な時間がかかるような素数暗号を実用的な時間内に解くことができると言われている。映画の中で主人公は、2056桁の暗号を解いてみせるという恐るべき能力を披露するが、これには日頃の興味と勉強が背景にあるのだ、ということを暗示する伏線となっているのだ。
ところで、shorの因数分解アルゴリズムは、実際にはコンピュータに計算させるためのもので、人間自身が使うものではない。しかし、筆者自身、自分の数学知識では解けないような行列の代数式を筆算で解くのに、ハウスホルダー変換というコンピュータ用のアルゴリズムを利用したことがある。本来は、数値的な解法(xやyを使った代数式を扱うのではなく、具体的な数値を入れて解く方法)用のアルゴリズムだが、手続きが解析的な解法(代数式を解く方法)にも使える内容だったので使ってみたのだ。これは結構うまくいった。だから、考え方としては全く映画のウソというわけでもあるまい。

(*)原曲は、作曲家ルドルフ・フリムル(Rudolf Friml, 1879年12月2日 - 1972年11月12日)の1925年のオペレッタ「放浪の王者(The Vagabond King)」の中の「放浪者の歌(Song of the Vagabonds)」

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