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カンタータ「オルビス」 (Cantata "Orbis")

Kouichi Sugiyama

すぎやま こういち

KICA 938~41(伝説巨神イデオン 総音楽集) / キングレコード(株)

この曲は、ガンダムで知られる富野由悠季監督のTVアニメ作品「伝説巨神 イデオン」の劇場映画版サウンドトラックの1曲として作曲されたもので、金管を4管とした2管編成の管弦楽にラテン語の混声合唱を加えた、演奏に6分弱を要する作品である。今でこそ、菅野よう子のような作曲家の登場により、アニメ音楽でも大掛かりな管弦楽作品は珍しくなくなったが、当時としてはかなりの大作に属するし、また演奏会でラストを飾れば「ブラボー!」が飛び交いそうな派手さとオリジナルな質の高さは今でも例が少なく、ファンの間では単独の楽曲として高い人気を誇っている。

映画では主人公らが全裸で(魂になって)宇宙を飛翔していくラストシーンに用いられているが、音響監督の浦上靖夫がカール・オルフのカルミナ・ブラーナのレコードを持ち込み、このシーンの音楽をこのような合唱曲にすることを主張したという。カルミナ・ブラーナを原曲とする映画やアニメの音楽は数多いが、見本を聴かされると普通はどうしても骨格が同じになるため、聴いた感じも二番煎じな感が拭えなくなるものである。この曲が成功しているのは、カルミナ・ブラーナからはその精神だけを受け継ぎ、曲自体は全くオリジナルの構成を採ったことだろう。日本交響楽振興財団が創立20周年記念事業の1つとして発行した「日本の管弦楽作品表 1912~1992」には、独立した管弦楽曲として作品リストに記載されているのだが、資料の解説によると1981年以降の作品(本作の初演は1982年)については作曲家自身へのアンケートに基づいてリストを作成したということであるから、作曲者自身もこの作品にそれなりの自負があったものと想像される。

さて、冒頭はタムタム(銅鑼)を加えたホルンの厳かな不協和音で幕を開け、4分音符で刻まれるティンパニとハープのリズムに乗って始まる。「死を」、「神は」、と断片的な言葉で歌われる男声合唱のベース音に乗って、

「さても美しきかな、生命(いのち)」
「さても大いなる(神の)恩寵なるかな、生命」

と女声合唱による主旋律が生命の賛歌を歌い出す(日本語は筆者自身による翻訳のため必ずしも正確でないことはお断りしておく、以下同様)。時折合いの手のように挿入される弦楽器のバルトーク・ピツィカートが極めて印象的である。ここで、最初に登場するテーマ「ミミミレーソー、ミミー」はサウンドトラック中において執拗に繰り返される「イデの動機」(ラソドラ)の変形であるが、この曲は全体にわたりこのような「イデの動機」の徹底的な展開(動機労作:motivische Arbeit)によって構成されている。「イデ」とは物語で重要なキーを握る伝説の無限エネルギーのことである。引き続いて、混声合唱で

「神メシア、主なる魂」

と盛り上がると、今度は弦楽器の下げ弓の4分音符による和音に乗った律動的なAllegroに入る。「メシア」とはヘブライ語で「救世主」の意味があるが、ここでは映画の登場人物(乳児)の名前でもある。続いて金管楽器を主体とするファンファーレ風の変拍子の間奏を経て、

「さても大いなるかな主、生命の力」

と混声合唱で歌われるやはり変拍子の部分に入ると、曲は一層の盛り上がりを見せ、グラン・カッサ(大太鼓)とサスペンダーシンバル(とおそらくティンパニ)が偶数拍に叩き込まれる4/4拍子の部分で最高潮に達する。終結部では、再び冒頭のテーマが静かに再現され、管弦楽と合唱のトゥッティによるイ短調の主和音で壮大に幕を閉じる。

気になるのはこの曲のタイトルであるが、「オルビス」とはどういう意味だろうか?CDの解説には「ギリシャ語で『輪』を意味する」とあるのだが、調べてみた限りではどうもそのような単語は見当たらない。それに「輪」では何だかピンと来ない。これはおそらく誤解であって、歌詞と同じラテン語なのではないだろうか。ラテン語のOrbisには、輪、円、(地)球、天空などの他にも、循環、回転といった意味がある。曲のクライマックスで「Orbisは生、そして死」と繰り返しているので、意味も「輪廻」くらいに解釈しておくのが妥当な所だろう。それにしても、サウンドトラックの常であるが、声楽付きの曲であってもほとんどの場合歌詞がライナーに記載されないというのが残念である。この曲の場合には、このCDのレーベルが発行していた同名の広報冊子「スター・チャイルド」に掲載されたことがあるらしいが、筆者もその号は持ち合わせていない。メーカーにはクラシックのCDのように対訳付で掲載されることを是非お願いしたい。

ところで、この曲には姉妹曲がある。このカンタータの次のトラックに収録されている曲で、映画の主題歌として作曲されながら実際には使われなかった「陽に海に」である。この曲を聴くと、冒頭からカンタータと同じテーマで歌われていることに気づくのだが、そればかりでなくカンタータの初めに登場する上記のバルトーク・ピツィカートまで(おそらくサンプリング音源によるシンセサイザーにより)模擬されており、オーケストレーションの面でも双方の曲の結び付きが一層強調されているのである。こうした遊び心というか工夫は、数多くのポップスの作曲でも知られるすぎやまこういちらしさと言えるだろう。

なお、ここで挙げたCDは、かつて発売されていたサウンドトラックと編曲物とを1セットにまとめて再発した企画盤である。6分に満たない曲のために4枚組を買うのは少々...と思うかもしれないが、「イデオン」の音楽素材を用いた交響曲第3番「イデオン」も収録されており、それほど損はないだろう。この曲が作曲された当時は、ズビン・メータ指揮のスターウォーズ組曲の影響で、アニメ界でも管弦楽用編曲企画が多く出回っていたが、サウンドトラックをただ単に管弦楽用に編曲したに過ぎないようなものや実際にはドラムセットが入っていて管弦楽とは言えないようなものなども多かったので、その中にあってこの交響曲はかなりシリアスな部類に入るといえる。第1楽章はTV版のエンディング主題歌をテーマに用いているため、いささか通俗的な感じを免れないが、第2楽章などはここでも「イデ」の動機の発展で曲のほとんどを組み立てるというベートーヴェンの「運命」のような手法を使いながらも、ジャズ・トランペッター数原晋のソロによるインプロビゼーションを導入するなど、現代的な要素も持つすぎやまこういちらしい秀作であるし、また各々プロコフィエフとブラームスの作風に基づく第3~第4楽章も楽しめるものとなっている。何より、アニメの音楽をきっかけにクラシックも聴いて欲しいという製作者側の思いが伝わってくる気がする1曲である。

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