独奏ヴァイオリンと弦楽オーケストラのための「シャコンヌ」("Chaconne" for Violoin and String Orchestra)

Hiroshi Hara

原 博

1)市販メディアなし

指揮:石橋義也/東京フィルハーモニー交響楽団 弦楽オーケストラ

2)TYMK-004 / セイコーエプソン(株)

指揮:和波孝禧 / いずみごうフェスティバルオーケストラ
Vn:和波孝禧

20世紀に生まれた現代クラシックの作曲家にも、別宮(べっく)貞雄や肥後一郎のように前衛的な手法に対して否定的な立場をとる作曲家が決して多くはないがいる。その中にあっても特に異端といえるのが原博である。バッハやモーツァルトを至上の規範と据えるのはまだしも、20世紀にあってなお作曲の題材にピアノのための24の前奏曲やフーガなどを選び、20世紀以降に生まれたどんな曲にも興味がないと語っていることは特異と言っていい。

このようなスタンスのため、欧米からの前衛の風に傾倒していった戦後日本の音楽界では「創造性に欠けた時代遅れの」作曲家として嘲弄の的となってきた。しかしながら、近年ではその精神性の高い音楽に対する再評価が進み、愛好者と共に録音の数も増えている。筆者自身は前衛はともかくとして「現代音楽」と呼ばれるジャンルにも愛好している曲が多いため、この作曲家がその著書「無視された聴衆-現代音楽の命運-」(アートユニオン)において現代音楽をすべて否定してしまっている態度に手放しで賛同できる立場ではないが、結論に至る過程で断罪されている現代音楽の諸問題はそれらに興味を抱いてきたからこそ理解できたし、深い考察に基づくその分析についてはとても興味深く拝読した。

さて、この著書の標題にもあるとおり聴衆に聴かれてこそ音楽というのがこの作曲家の主張であるのだが、では当の作曲家の作品が誰にでも親しみやすいかといえば、NHKの名曲アルバムで取り上げられるような類のクラシックの名曲程の一般性はなく、クラシック通とは言い難い筆者のようなリスナーにとってはむしろ晦渋なものが多いと言わざるを得ない。しかしそれでも交響曲第1番、特に第2楽章などは大変美しい曲であるし、中でもこの「シャコンヌ」は、高度な芸術性を保ちつつ、原博の曲の中で最も親しみやすい内容を獲得した名曲だ。

冒頭は、低音弦の序奏に続いて、さる知人をして「骨を打つ旋律」と言わしめた深刻な主題で始まる。そして中間部には、長い苦悩を経て一筋の希望の光が見えてくるかのような展開があり、前衛の潮流の中で1人機能調性をもって戦いついには復権を果たしたこの作曲家の人生とどこかオーバーラップするのである。あご髭を蓄えたその風貌もさることながら、丁寧に書き込まれた楽譜やCDのライナーの文章などからも、真摯に偉大な先人に向き合う己に厳しい人柄が想像されるが、この曲はそんな職人気質の作曲家が遺した和製クラシックの逸品といえよう。

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