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弦楽のための「舞曲」 ("BUKYOKU" for Strings)

Koichi Sugiyama

すぎやま こういち

1)LF95021(LP) / 東芝EMI(株)

指揮:大友直人/東京弦楽合奏団

2)APCC-10(ゴールド・ディスク) / アポロン(有)

指揮:タマス・ヴァサリー(タマーシュ・ヴァシャーリ)/ ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

3)KICC-6349 / キングレコード(株)
(弦楽のための「舞曲」2007 : 舞曲I、IIからの抜粋再構成版)

指揮:すぎやまこういち / 東京都交響楽団
(ソロ・コンサートマスター 矢部達哉)

すぎやまこういちは、数々のヒット・ソングの作編曲で知られる国民的な作曲家であると同時に、日本バック・ギャモン協会の会長まで務める無類のゲーム好きでも知られる。音楽を手掛けた任天堂の大ヒットゲーム「ドラゴン・クエスト」は、本物のオーケストラで演奏するゲーム音楽の先駆けとなり、後にクラシック・バレエ化もされている。現代の作曲家としては珍しく対位法を良く使い、作風は独学ながらアカデミックな正統派だが、凝った手法などもシンプルでわかり易く扱うことに長けている。また、管弦楽では特に弦楽器の扱いを得意としている。

この作品はそんな作曲家の特質が見事に昇華した傑作である。指揮者のオトマール・スウィトナーが気に入っていつもスコアを持ち歩いていた、という噂も聴いたことがある。はじめて「舞曲」Iを聴いたのはラジオで放送された東京弦楽合奏団の演奏によるレコードだったが、一聴して気に入ってしまったもののとっくに廃盤。中古レコード屋を探し回ってレコード番号までそらで覚えてしまったが、幸運にも見つけることができた。その後さらに幸運なことに、「ドラゴン・クエスト」などの人気にもあやかってか演奏者は異なるがCDも発売された。東京弦楽合奏団の演奏にすっかり馴染んでしまっていたため演奏が気がかりだったが、こちらも優れた演奏でそれほど違和感もなく、また存在すら知らなかった「舞曲」IIが併録されたことも大きな収穫だった(レコードは「舞曲」Iのみ)。

さて問題の「舞曲」Iであるが、この作品は東京弦楽合奏団の前身である東京アンサンブル・フィルハーモニックの委嘱で作曲され、小松一彦の指揮で初演された。第1楽章は雅楽に影響を受けたと思われる響きの粘着質の音楽で、グリッサンドが多用される。ラルゴ・カンタービレで始まる第2楽章は、文字通りメロディアスな楽章でヴァイオリンのソロがたっぷりと歌い、時折挿入されるスル・ポンティチェルロ(弦楽器の駒の近くを擦る奏法)のキュインッ、という鋭利な切れ味の音が印象に残る。そして、第3楽章は中でもとりわけ美しい楽章である。今度はソロが全編にわたって旋律を演奏するが、ピツィカートの静かなリズムに乗ったこの楽章を聞くと、筆者はなぜかヨーロッパの小さな川にかかる石橋の上にぼんやりと街灯が浮かび上がっている印象派絵画風の夜景を連想してしまう。最後の第4楽章は追跡劇を思わせるサスペンスフルなビバーチェで、ロックのリズムが抽象化されて用いられているという。時計の秒針が時間を刻む様子を連想させるコル・レーニョ(弓の背中で弦を叩く手法で、ホルストの「火星」の冒頭でも聴かれる。弓が痛むので演奏者には好まれない)のリズムが登場し、緊張感を高めている。

「舞曲」IIの方は、やはり雅楽に想を得たと思われ、第1楽章の出だしのようにIよりも高雅な感じの宮廷風の響きがあったりもするが、いっそう抽象的であり、2度で密集したトーン・クラスターも登場するなどさらに緊密度を高めた曲となっている。

なお、すぎやまこういちの弦楽作品にはこの他に「弦楽組曲'80」などがあり、それらもいつかは聴いてみたいもの。

※)この記事を書いた後、2012年になって新たな録音のCDが発売された( 上記の 3))。すぎやまこういちが高校生時代に作曲したという初作品、子供のためのバレエ「迷子の青虫さん」やチェロのための「OKINAWA」(管弦楽付の協奏曲形式)が、おそらく初めて収録されたという意味で価値あるディスクであるが、舞曲についていうと、IおよびIIで合わせて8つある楽章から5楽章を抜粋して再構成されたものであり、この曲のファンとしてはあまり有難くない。この形式を今後のスタンダード版にして欲しくないものだ。

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