オーケストラものに重点をおいた音楽への非正統派なご案内
Akira Miyoshi/Mōri Kurōdo三善 晃/毛利 蔵人 |
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1)「赤毛のアン 想い出音楽館」(BGM完全収録版) COCX-32784/85 2)テレビオリジナルBGMコレクション「赤毛のアン」(LP構成復刻版) いずれも、コロムビアミュージックエンタテイメント(株) 2025年4月から「赤毛のアン」の新しいTVアニメ・シリーズ「アン・シャーリー」の放送が始まるという(音楽は大島ミチル)。これは、アンの物語としては筆者の知る限り3度目のTVアニメ化ということになるが、ここで紹介するのは、最初のアニメ化に当たる1979年にフジテレビ系列の世界名作劇場枠で放送開始されたシリーズのサウンドトラックである。この番組は、放送開始から半世紀近くを経た現在でもアニメ・コンサートが開催されるほどの人気作である。同年に公開された映画版「銀河鉄道999」のように、同様の例が他に無いわけではないのだが、片や大ヒットした大作劇場映画であることと比較すると、これは驚くべきことではないだろうか。 作曲は、オープニングとエンディングの主題歌は三善晃、劇伴は三善の門下生でもあった毛利蔵人(もうり・くろうど)で、ともにクラシック系現代音楽の作曲家である(なお、挿入歌は数曲ずつ分担)。 三善晃は、東大仏文科在学中に日本音楽コンクールで1位に入賞し、パリ国立高等音楽院に留学、帰国後は国内の主要な作曲賞を総なめにして「受賞男」などと呼ばれたりもした異才である。メディア関係の音楽の作曲を行うことはそう多くはなく、普段の仕事の中心は「交響三章」や「オーケストラと童声合唱のための<響紋>」等に代表される現代的な純音楽作品にあるため、20世紀初頭くらいまでのいわゆるクラシックの名曲に比べれば前衛的と言わざるを得ない作品が多い。さすがに本作の主題歌はそうした作品群のイメージとは対照的な親しみ易い作風で作られたが、それまでのこの番組枠シリーズの作曲家の起用ポリシーからすれば、異例の抜擢であったと言える(作曲家の選択が意外だと感じた場合でも、いざ出来上がった作品を聴いてみて、音響監督なりプロデューサーなりの慧眼に驚かされることもしばしばである)。実際、監督を務めた高畑勲によると、「現代音楽作曲家の三善晃がTVアニメ主題歌を初めて手がけたことが注目されて、当時の新聞に、優れた歌だが高級すぎて子供には難解なのでは、などという記事が載ったりした」(※1)そうである。 この「赤毛のアン」を、便宜上「アルプスの少女ハイジ」を起点として世界名作劇場枠の6番目に当たる作品として数えると(※2)、サントラの作曲は、3番目の「母をたずねて三千里」が坂田晃一、それ以外は5番目の「ペリーヌ物語」まですべて渡辺岳夫という、いずれも劇伴音楽専門の大家によるものであった。このため、歌を聴けば明らかにクラシック系作曲家の手になるものとわかるこの「赤毛のアン」の主題歌を始めて聴いた時、これまでのスタイルとは一線を画すものであることを、(難解かどうかは別にして)当時の子供達もそれとなく感じていたに違いない。 オープニングの「きこえるかしら」のユニークな点は、アンが2輪馬車を駆って滑空する空想世界のアニメーションに、サキソフォンを加えたオーケストラよるジャズ・テイストの音楽をぶつけていることである。これは少女を主人公とする児童文学(?)のアニメ化作品としては、割と斬新な発想ではないだろうか。2/2拍子の裏拍に打たれるテンプル・ブロック(音楽演奏用の木魚)のカッ、ポッ、というリズムが、「きこえるかしら ひづめの音」という歌詞と相まって馬が軽やかに疾走していくイメージを喚起している。また、歌詞の1番と2番とで、言葉のイントネーションの違いに合わせて微妙にメロディを変えてあるが、こうした作品の先例としては、わが国では滝廉太郎の「花」が良く知られている。 エンディングの「さめない夢」は、16分音符でソリスティックに転げまわるピアノのソロで始まり、イントロから耳を奪われてしまう。そして後半ではこれにさらにチェレスタも絡んで来る。また何よりもこの曲の最大の特徴は、比較的短めの歌詞が中盤で一旦休止してオーケストラのトゥッティ(総奏)による間奏が割って入り、そこに楽曲全体の山場が置かれていることではないだろうか。特に1番では「湖は遠く 燃える雲はもっと遠く」の歌詞に続いてこの間奏が入るため、本来そこに入るはずの情景描写を言葉に代えてオーケストラが歌っているような交響詩的な効果が生まれ、眼前に大自然の景色がパアッと広がるような印象すら受けるのである。言わば、歌手とオーケストラが交互に歌う2重唱のような構成とも捉えることができそうなのだが、それにしても、筆者はこれまでアニメの主題歌でこんなにカッコ良くオーケストラが盛り上がる曲は聴いたことがない。続く後半の歌が再開したところで、ちょっとコミカルに転げる感じでテンプル・ブロックが添えられているのも独創的に思う。また、やはり歌詞の1番と2番とではメロディを変えてある。確かに「走っても 走っても」と「眠っても 眠っても」の部分を同じイントネーションにすると強い違和感を生じることは想像に難くない。こうしたメロディの変形は、作曲家にとっては特別な手法というよりも、言葉のイントネーションにそぐわないメロディから生じる違和感を避けるための自然な発想なのだろう。 もう1人の作曲家、毛利蔵人は、46歳の若さで他界するも、残した作品のジャンルは多岐にわたる。やはり純音楽としてオーケストラ曲「GROOM IS GLOOMY」などを作曲する一方、サントラとして、NHK大河ドラマの「武蔵坊弁慶」(テーマ曲は芥川也寸志)や「信長 KING OF ZIPANGU」を手掛けたりもしている。音大に進むことは考えず、あくまで独学で作曲家を志したが、唯一、三善晃に個人的に師事して約1年間習作を見てもらったり、オーケストレーションを学んだりした。本作の劇伴をこの愛弟子が手掛けることになったのは、三善が番組制作スタッフに毛利を紹介したからだが、三善が自身で全曲を手掛けなかったのは、当時桐朋学園大学の学長の職にあって多忙な上に体をこわしていたという事情があったためである。なお、「毛利蔵人」という名前が、2人のフランス印象派の作曲家、モーリス・ラヴェルとクロード・ドビュッシー(ラヴェルを印象派に分類するならであるが)に因んだものであることは広く知られているが、当初はペン・ネームであったものの、後に本名として戸籍に登録したという。 「赤毛のアン」の劇伴のオーケストラ編成は、小規模な弦楽オーケストラに主要な木管楽器(フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット)を各1本ずつとハープを加えた室内楽的なものをベースとしており、華やかな主題歌に比べると、全体的に清楚でつつましい響きがする。金管楽器は、木管楽器の音色とも馴染みやすいホルンが割と使われているが、それ以外は全く使用されていないというわけではないものの、極めて控え目である。打楽器が使用される場合も、アクセントとしてよりもどちらかというと旋律的な楽句を担う鍵盤打楽器(シロフォン、マリンバ、ビブラフォン)が中心で、実際にはサスペンダーシンバル、タムタム(中国起源の銅鑼)、ティンパニ等も使用されてはいるが、隠し味程度である。ただし、- 以下、曲名はCD1)のものを採用して説明するが(※3)-「わが心高原に」(B-13)では、ウッド・ブロックとコンガを組み合わせて馬がパッカッポ、パッカッポと陽気に歩くイメージを巧みに表現しており、このように無音程打楽器が目立った使い方をされている場合もある。 一方、編入楽器は小編成の割に意外と多彩である。前述の打楽器に加えて、さらにピアノ、チェンバロ、チェレスタ、ウッド・ベース、ギター、リコーダー(もしかするとオカリナも?)、サキソフォン等も使用されている。本サントラはとかくバロック的とかクラシカルな、といった言葉で表現されることが多く、時にチェンバロやリコーダーが加えられていることもそうした印象を強めている。これは、作曲者が意図してそういった雰囲気に聴こえるように狙った結果だと言えるが、実際の楽器編成や曲のスタイルからすれば、バロック的でもクラシカルでもない、もっと近代的なテクニックも少なからず駆使して多彩な表現を生み出していることが窺える。 劇伴曲の中で個人的に特に印象的だと思ったのは、「湖と妖精のワルツ」の3曲(D-3a、D-1、D-3b)で、これらは同一曲のバリエーション(ここではそのままの意味であり、変奏曲という意味ではない)であるが、希望を感じる安らかな感情に満ちた楽曲であり、全体の白眉と言える。 最後に参考ながら、世界名作劇場枠のシリーズで現代音楽の作曲家が起用されたことが他にもある。前述の数え方では10番目にあたる「アルプス物語 わたしのアンネット」がそれである。主題歌、劇伴ともに作曲者は廣瀬量平で、尺八の「ユリ」「カリ」「メリ」にヒントを得たと思われる奏法を独奏チェロパートに取り入れた代表作「チェロ協奏曲<悲(トリステ)>」などがしばしば録音・演奏されている一方で、放送音楽も多数手がけている。「アンネット」の劇伴は聴いたことがないが、オープニング主題歌「アンネットの青い空」をYouTubeで聴いてみたところでは、歌詞のリズムのせいなのか、フレーズの中にやや窮屈に歌詞が詰め込まれているような感じがして、ちょっと憶えにくいと感じたのが正直なところ。 ※1)CD1)のライナー収録の「EVER GREEN SERIES 赤毛のアン」('92/COCC-9682)解説書からの再掲記事より。これによると、この新聞記事について高畑はさらに「私はそんな批判は何の意味もないと思った」と述べている。 ※2)正確には、放送枠の名称は変遷していて「世界名作劇場」という呼称は「赤毛のアン」から使用されたものであり、また、制作が日本アニメーションによる作品という意味では、シリーズの第1作は「フランダースの犬」ということになるらしいが、ここでは説明を容易にするため、便宜的にこのような数え方とした。 ※3)CD1)のライナーの解説に、この完全版CDを制作するにあたって、改めてトラック構成を整理し曲名も見直したとある。つまり同一曲に複数の曲名が存在することになるため、何に基づく曲名なのかを明確にした。また、「赤毛のアン」にはピアノ連弾用の楽譜が全音楽譜出版社から出版されており(「赤毛のアン ピアノ曲集」 ISBN4-11-178540X C3073)、23曲が収録されているが(うち3曲は三善晃作曲)、曲名は毛利蔵人自身が試みにつけてみたと解説にあるとおり、ここでの曲名はさらにCDとも異なっているため、本作の劇伴曲には少なくとも3通りの命名方法が存在することになる。楽譜には「ダイアナとのおごそかな誓い」という曲があるが、CD1)でこれに相当するのは「心の友ダイアナ」(B-17a)および「秋の訪れ」(B-17a Slow)である。一方、CDにも「おごそかな誓い」という曲はあるが、これは全く別の曲である。 |
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