オーケストラものに重点をおいた音楽への非正統派なご案内
Akira Miyoshi三善 晃 |
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1)市販メディアなし 指揮:小澤征爾 / 新日本フィルハーモニー交響楽団 2)JPS-51CD / 日本フィルハーモニー交響楽団(自主制作) 指揮:山田和樹 / 日本フィルハーモニー交響楽団 「あぁ、これとっても難しい、ここはとっても難しい変わり方なんですねぇ。」と、新日本フィル練習場でのリハーサル中、練習番号[8]に入ってテンポ指定が変わったところで、演奏を止めさせて小澤征爾が言っていたのが、強く印象に残っている。これは、「ドキュメンタリー交響詩富士山」と題して東海テレビで放送されたTV番組の冒頭でのことである。筆者は当時たまたま愛知県に滞在していてこの番組を視聴した(制作・著作はテレビ静岡なので、おそらく静岡でも放送されたはず)。 この曲は、テレビ静岡開局20周年記念委嘱作品であり、1)に挙げたのは'88年9月8日に静岡市民文化会館で初演された時の演奏である。前述の番組は、前半は静岡に暮らす人々の暮らしを取材したNHKの「小さな旅」のような内容で、後半は三善晃のこの曲の構想段階から1)の初演演奏会までを追ったものである。前半で取材を受けたのは、40年来富士山の写真を撮り続けてきたという初老のアマチュア写真家や、酪農家の新婚夫婦といった一般の方々であるが、後半の演奏会をこの方々が聴き来る流れになっており、おそらくTV局に招待されたのだと思う。 同じ山を扱った交響詩でも、ここで描かれているのはリヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」(内実は交響詩)のような(嵐があるにしても)牧歌的な自然の姿ではなく、信仰と畏怖の対象としての富士山の苛烈なまでの自然の胎動、ひいては富士山に投影された生きている地球への祈りである。別項で同じ三善晃作曲によるTVアニメの主題歌(赤毛のアン)を取り上げたが、本作品はこうした音楽とは対極的な内容であり、紛れもない現代音楽である。しかしながら、「富士山」という日本人なら誰もが想像力を働かせ易い標題が与えられていることに加え、演奏に4人の打楽器奏者を要し、聴く者を本能的な興奮へと誘う躍動感とダイナミズムも有している。三善晃の現代的な作品の中でも特に親しみやすい内容だと言えるのではないだろうか。演奏はアンコールに応えて2回行われたという。クラシックコンサートのアンコールは、(例えそれが儀礼的なものであっても)拍手が終わらないうちに半ば予定調和的にやってしまう慣習のような側面もあるが、この時は本当に受けが良かったのだろう。終演後のホールの出口インタビューで、目を輝かせて感想を語る来場者たちの興奮した様子も印象的であった。 さて、曲は3部に分かれているが、切れ目なく演奏される。音楽の友社から出版されている楽譜の注釈と、番組でのテロップから大体の曲の流れと楽譜上の位置との対応関係を書くと次のようになる。ただし、テロップが、曲調が変化する境界とピタリと同期して表示されていたわけではないため、若干推定も交えた概略の位置を示したものである。[]は楽譜の練習番号を表す。 第一部 冒頭:大気 第二部 [24] 6小節目 L'stesso(等しい拍の長さで) 第二部 第三部 [38] 第三部、灼熱 曲は、山頂を思わせる冒頭の静かな金管楽器の掛け合いに続いて、高山の岩場に霧が立ち込めてきたような重苦しい雰囲気の弦楽器で始まる。この曲では4.5/4とか2.5/4といった特殊な拍子が頻出するのだが、それも早速登場する。そして番組冒頭でとっても難しいと言われた[8](胎動)からは、弦楽器の低音による蠢くような音型が始まり、それが重層的に重なりながら次第に高ぶって来ると、[11]から16部音符×2+8分音符×1を単位としたタカタッ、タカタッ、タカタッ、タカタッという疾走する弦楽器群のリズムに乗って大地が暴れ出したかのような部分に入る。音楽はその後スピードを落として激しさは一旦収束を迎えるが、再び[18]から大地が揺らぐような弦楽器の激しい動きに乗って、マグマが、風が、雲が、うねり、のたうち、激しくぶつかり合うかのようなダイナミックな音楽となる。 [24] の L'stesso(第二部)は、音高の異なる2個ずつの木鉦とウッドブロック、およびハープによるぐちゃぐちゃにかき混ぜるような激しい動きで始まる。ピッコロによる高空を滑空する猛禽類を思わせる鳥の声が聴こえ、ウィンドマシーン(※)による吹きすさぶ風の音も聴こえてくる。[28]からは弦楽器のdivisi(1つのパートを複数の声部に分ける奏法)をベースとする大気が大きくうねるかのような部分に入る。そして次第に激しさを増すが、[31](流れ)の少し手前から再びウィンドマシーンが登場するとオーケストラは急に静まり、風の音に乗せてふつふつと湧き出すようにハープが神秘的な分散和音を奏する。それが収まりしばらくすると、ピッコロ以外も加えた木管楽器群により、鳥たちが呼び交わすような部分がしばらく続く。そしてオーケストラの楽器群が激しくぶつかり合いながら速度を落とすとともに音量を増していき、頂点に達したところで雪崩れ込むように[38](第三部)に突入する。 ここからは大地が轟音を立てて鳴動するような16部音符による弦楽器の激しい動きに乗って、3個のトムトムが8部音符のリズムを刻みながら、時折溶岩がボコッ、ボコッ、と噴出するように3番目のトムトムが不規則にスフォルツァンド(その音を特に強く)でアタックを加える。そして曲は一旦速度を落としていき、[41]の辺りで大きく息をついてうねるように盛り上がると、[44]から再び16分音符で刻まれる弦楽器の激しい動きに乗った打楽器の饗宴となり、ラストへ向けて息をもつかせず疾走する。 この曲の完成後に三善晃は、番組のインタビューに答えて次のように語っている。()内は文章のつながりを考えて筆者が話し言葉を修正したものである。 「良く考えてみますと、今地球そのものが人類の長い歴史の中で最大の危機に瀕していると思うんですね。人間が地球を壊し始めている...。そのことが究極的には私が(私を)、地球と共に人間が生きていかなくてはいけない、という祈りに向かわせた1つの大きな認識なんです。 ※)ウィンドマシーンとは、木製のドラムをハンドルで回すことによって、ドラムの周囲に巻き付けた布との摩擦音を発生させ、風の効果音として利用する楽器である。ドラムの回転速度に揺らぎを与えてやることによって、風が吹雪いているような効果が得られる。近現代的なオーケストラや吹奏楽の楽曲では、意外にポピュラーな楽器である。レイフ(ラルフ)・ヴォーン=ウィリアムズの交響曲第7番「南極交響曲」では、南極の吹雪を表現するために用いられている。また、アニメ映画「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」では、松田彬人によるオリジナルの吹奏楽曲「リズと青い鳥」(コンクール用編曲ver.)の演奏シーンにおいて、なんとこの楽器の演奏をアニメで見ることができる。この演奏シーンでは他にも鞭(2枚の木板を打ち合わせて鞭の擬音を出す楽器)やラチェット(歯車をハンドルで回してギャーという音を出す楽器)も登場するので、機会があれば是非ご覧いただきたい。 |
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