オーケストラものに重点をおいた音楽への非正統派なご案内
Kan Ishii石井 歓 |
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1)市販メディアなし 指揮:森正 / 東京フィルハーモニー交響楽団 2)TYCE-60014 / ユニバーサルミュージック合同会社(モノラル) 指揮:上田仁 / 東京交響楽団 このコーナーでこの曲を忘れてはならないだろう。作曲者の石井歓こそ他ならぬカール・オルフの弟子であり、簡潔・明快な書法によって音楽的バイタリティの表出を図ったこの師の影響が、端的に反映されているのだから。石井は、この師の薫陶を象徴する面白いエピソードを語っている。初めてのレッスンの時、なめられないようにちょっと複雑目のオーケストラ曲を作って持って行ったところ、それを見たオルフは消しゴムを取り出して対旋律を消し始め、最後には主旋律1本になってしまったというのだ。 アイヌを題材にした作品を多く作曲している邦人作曲家といえば、実際に北海道の寒村で生まれ育ち、アイヌの音楽を体験して育った伊福部昭がまず思い浮かぶ。石井にとって伊福部は、著名なモダン舞踊家であった父、漠が振り付けたバレエの作曲者であったし、また、やはり作曲家である実弟、真木の師でもあったから、石井が伊福部の作風に触れる機会はあったであろう。実際、執拗なまでのオスティナートによって人間の本能に直接的に訴えかける単純明快な書法などにその影響が感じられる。しかし、伊福部の作品が、厳しい自然に生きる農耕民族の祈りと土俗的バーバリズムから放たれる土臭さを纏っているのに対して、東京生まれの石井の作品は、歌謡性と舞踊性の中にあくまで西洋音楽的な美意識で民族音楽”っぽい”要素を取り入れた印象を受ける。例えば、プッチーニの「蝶々夫人」のような作品に見られるオリエンタリズムの扱いとどこか感性面での共通性を感じるのだ。石井作品のこのような側面は、師が西洋人であったことと無縁ではないだろうし、何より父の影響が大きかったに違いない。アイヌにとって音楽とは詩と歌と踊りが混然一体となった言ってみればバラードのようなものだということであるから、石井の音楽がアイヌの民族音楽から影響を受けているとすれば、それは音楽的な語法の直接的影響にあるのではなく、精神面での投影にあると言えそうである。 石井歓の音楽を聴いてすぐわかる特徴といえば、まず”石井節”ともいえる同音連打の多い独特な節回しの旋律である。東宝SF映画の古典的名作「妖星ゴラス」の名挿入歌「俺(おい)ら宇宙のパイロット」やカンタータ「大いなる秋田」の第1楽章などが代表的なところと言えるだろう。また、曲の終結部に向かって、シンコペーションを伴う急速なオスティナートで畳みかけるように盛り上げていく手法も目に付く所である。 そうなると、この曲の聴き所はやはりその特徴が良く出た声楽付きの第3楽章である。第1楽章の冒頭を想起させる導入部に続いて始まるソプラノ独唱では、朗々と歌われるヴォカリーズに導かれ「ヤイシャマネ~ナ~」というアイヌ語の歌詞が歌われる。これはアイヌが自分の心境を語る即興歌の出だしの言葉なのだそうで、「私の心を申し述べましょう」程度の意味である。伊福部昭によると、アイヌの人たちは何かにつけて集まり、こうして歌ったり踊ったりするのだという。次にしばらく女声合唱を伴う抒情的なAndanteが続くが、やがて如何にも石井歓らしい引きずるような弦楽器のシンコペーションに乗って男声合唱が加わると、民族と国土(村落)の栄えを願う神への祈りの歌を力強く歌いあげ、次第に速度を上げながら音圧を増してゆく。そしてcon energia(精力的に)と指示された部分に突入すると、群舞をみるかのような急速なオスティナートが聴衆をグイグイ巻き込んでゆき、管弦楽と合唱の総奏によって熱狂のうちに終結部を迎えるのである。「妖星ゴラス」のサウンドトラックで石井歓を知った方には、その音楽にさらに合唱が加わった所を想像していただければ雰囲気が想像できるであろう。同サントラや伊福部音楽のファンなれば、必ず気に入ってもらえるに違いない。 筆者が初めて聴いたのは、在学していた大学のライブラリに所蔵されていたLPで、かつて東芝音楽工業から出ていた日本現代作曲家シリーズの1枚(No.9)であった。同シリーズの一部は後に東芝EMIからCD化され、その中には芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎といった3人の会のメンバーの著名作品の他、大木正夫のグランド・カンタータ「人間をかえせ」、三善晃の音楽詩劇「オンディーヌ」、山田耕作の歌劇「黒船」、そして石井歓のバレエ音楽「まりも」など、他にない貴重な録音も多く含まれていたのだが、残念ながら本作品はこの時のラインナップから漏れてしまったのだ。以降、東芝は邦人作品の出版をあまり積極的に行っておらず、この「ファン垂涎の」とも言える作品が埋もれたままになってしまっている。ここに挙げたのは、NHK-FMで放送された同じ森正指揮の別の演奏であるが、是非CD化してこの曲に再度日の目を見させて欲しいものである(※1)。 ※1)この記事を書いた3年後、'14年になってこれとは更に別の音源による2)のCDが発売された。残念ながらモノラル録音ではあるが、問題の第3楽章では、1)のスピード感で引っ張って行く演奏に対し、音符の1つ1つをサクッとした切れ味でまとめ、機関車のようなドライブ感で爆走するこの演奏もなかなかに石井歓作品らしくて小気味良い。また、ラジオ放送当時の作曲者本人による解説も収録されており、資料的な価値も高い。併録の伊福部昭の「ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ」の知る人ぞ知る改訂前バージョンばかりが話題にされるが、この「シンフォニア・アイヌ」も貴重な録音として注目されたい。また、筆者の知る限り「芥川也寸志の世界 第4集」以来の収録となる片岡良和の「抜頭によるコンポジション」も解説付きである。 [参考文献]新潮社 伊福部昭・音楽の誕生 木部与巴仁 |
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