オーケストラものに重点をおいた音楽への非正統派なご案内
Maki Ishii石井 真木 |
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COCC-6379 / 日本コロムビア(株) 指揮:石井真木 / 新日本フィルハーモニー交響楽団 シデロイホスという楽器がある。打楽器奏者の山口恭範と金属彫刻家の原田和男が開発した比較的新しい金属打楽器で、この単語自体は楽器の名称ではなく構造の総称を意味するギリシャ語なのだという。実のところ形は1種類ではなく、スリットの入った四角形や六角形の金属箱をティンパニ等の共鳴体の上に置いて叩くものや、球形の水の入った金属容器からアンテナのような突起がいくつも出ていてそれをヴァイオリンの弓で擦るものがあったりと、楽器というよりまるで現代アートのオブジェのように見える。そんな打楽器群を独奏楽器として用いた協奏的管弦楽作品「オーケストラとシデロイホスのための交響詩」として作曲されたのが、この「ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説」のサウンドトラックである。 この映画の基になった特撮TVシリーズ「ウルトラQ」(1966年)は、一般に後のウルトラマンシリーズにつながる最初のTVシリーズと位置付けられているため怪獣物のようなイメージがあるが、元々はアメリカのテレビドラマ「アウター・リミッツ」や「トワイライトゾーン」(当時の日本放映時のタイトルは「ミステリーゾーン」)を意識して作られた(※1)ミステリードラマなのであり、必ずしも怪獣が登場するわけでもない(※2)。 そういう意味では、この映画版も、羽衣伝説や浦島太郎伝説といった日本の民話的素材を宇宙人というSF的題材に結び付けて解釈したストーリーがTVシリーズへの原点回帰を思わせる。いや、むしろ監督を務めた実相寺昭雄らしい独特のカメラワークや色彩感で演出した映像美は、TVシリーズとも一線を画したオリジナル作品と言っても良い内容である。監督が最初から石井真木の音楽を意識して製作したと語っているだけあって、まるで石井真木の音楽のプロモーション映像のような側面もあり、映像と音楽だけでも一見の価値はあるだろう。現代文明と環境破壊というテーマや、やや無理に登場させたような怪獣など、ストーリー的にはチープさが残念な面もあり、そういう意味ではやはり現代音楽作曲家である菅野由弘の音楽を意識して作られた、押井守監督のオリジナル・ビデオ・アニメーション作品「天使のたまご」の硬派ぶりに比べると、一歩譲ってしまうことは否めないけれど...。 作曲者の石井真木は、本作と同じ実相寺昭雄監督作品「帝都物語」で初めて映画音楽を担当した現代音楽の作曲家で、父は舞踊家の石井漠、兄は「シンフォニア・アイヌ」等の純音楽作品や「妖星ゴラス」等の映画音楽で知られる作曲家の石井歓である。芥川也寸志や黛敏郎らと並んで伊福部昭の弟子の1人であり、日本人としてのアイデンティティを意識した作風という意味では確かにこの師の影響を受けているが、シンプルさとヴァイタルなエネルギーという意味で伊福部との作風の共通性が見られるのはむしろ兄の方であって、この弟の方はかなり作風が異なっている。 映画の公開は1990年だが、石井真木はこれに前後して1985年にイリ・キリアン振付による幻想的バレエ「輝夜姫(かぐやひめ)」、1994年に交響譚詩「龍玄の時へ」-《浦島太郎》に基づくイマジナリー・バレエのための音楽-を作曲しており、本作はいわば同種テーマの連作の真ん中の作品と位置付けることも可能なのだが、実際のところ映画にも白装束の宇宙人の儀式という設定で田中泯の振り付けによる長い舞踏シーンがあり、バレエとの関連性も強いのである。そしてどこか雅楽のような宮廷風の音響が作り出す幽玄の空間が、聴く者を現世を超えた異次元の物語へと誘うその音楽は、この映画においても不思議な映像感覚と相まって忘れ難い効果を上げているのだ。 ただ、師の作風とはだいぶ異なるとは書いたが、怪獣(古代神獣 薙羅=ナギラ)が出てくるシーンになると、重厚でシンプルな音型の繰り返しが「ゴジラ」を思わせるのは、やはり師の名作に捧げたオマージュか。そしてラストでは、このテーマが壮大なクライマックスを築いた後、シデロイホスの音響により想起される微かな疑問符を残して終わるのである。 ※1)宮内國郎によるテーマ音楽も明らかにトワイライトゾーンのテーマを意識しているものである。因みにこのトワイライトゾーンのテーマの作曲者には、ヒッチコックの映画音楽で知られるバーナード・ハーマン説とフランスの現代音楽作曲家であるマリウス・コンスタン説がある、という解説をどこかで読んだことがある。しかし、この解説はある意味では正しいがある意味では誤りである。トワイライトゾーンのテーマ音楽は第1シーズンと第2~5シーズンとで異なっており、事実としてはどちらの作曲家によるものも存在しているのだから。ただ、一般に「トワイライトゾーンのテーマ」と言えば、マリウス・コンスタン作曲による第2シーズン以降のテーマが想起されるのが通例らしい。「トワイライトゾーン/超次元の体験」として映画化された際も、音楽はジェリー・ゴールドスミスだったが、テーマ音楽にはこのマリウス・コンスタン作曲のものが使用されている。 ※2)2013年にTV版の続編とも言える「ネオ・ウルトラQ」が放送されたが、かなり怪獣物のような印象が拭えない作品になってしまっていた。 |
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