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火の鳥2772 ~ 愛のコスモゾーン~

Yasuo Higuchi

樋口 康雄

COCC-72077 / コロムビア・ミュージック・エンタテイメント(株)

指揮:樋口 康雄/オーケストラ2772
Vn:千住真理子

映画公開から30年近く経った今でも、凡百の映画・アニメ音楽の歴史に燦然と輝く文字通り名盤中の名盤と言えるのだが、手塚治虫作品でありながら一般の知名度の低さなどもあって長らくCD化されず、知る人ぞのみ知る伝説の作品に甘んじていた。どの解説にも書いてあるとおり、作曲者は昔NHKの「ステージ101」に「ピコ」の愛称で出演し、シンガーソングライターからクラシックやジャズの作・編曲家、タップ・ダンサーまでこなすマルチ天才音楽家として知られていたが、レコード時代の作品がほとんどCD化されず、ファンにとっては長い氷河期が続いていた。

再評価のきっかけはどうもその才能に惚れこんでいたピチカート・ファイヴの小西康陽がラジオ番組などを通してそのポップス作品の素晴らしさを吹聴して周ったことにあるらしい。まずクラブ・ミュージックの世界でブレイクし、見事復権を果たしてくれたおかげで過去の作品が次々とCD化され日の目を見ることとなった(何せファースト・アルバム「abc」は小西康陽が並々ならぬ情熱で直接メーカーに掛け合い、CD化に漕ぎ着けたものらしい)。この作品も<<完全限定版>>という不満足はあるものの、映画公開から優に20年以上の歳月を経てようやくCD化されたのだ。さらにその後「ガンダムX」の作曲家として登用され、久しぶりにこの人の本格的なオーケストラ作品の新作(しかもCD3枚)を耳にすることができるというおまけも付いた。筆者が歓喜してすぐに買い求めたことは言うまでもない(当の番組は見てない...)。

スターウォーズ・ショック以降、ジョン・ウィリアムズの音楽の圧倒的な影響下にあった当時の日本のSF映画音楽界にあって、若干27歳の若き作曲家が、そんなことはどこ吹く風といった風情でオリジナリティ溢れる色彩的なオーケストレーションの作品を作り上げてしまったことにまず驚く。この人は主題の有機的な展開により音楽を構築していくドイツ系クラシックのような手法よりも、むしろ感覚的に作曲を行っていく方が得意なようで、それが映画の躍動感や呼吸を素晴らしく捉えている。何か映像を見ているだけで自然に溢れてくる旋律をひたすら楽譜に書き留めているだけであるかのような感じさえ受ける生き生きとしたスコアで、正に稀代のメロディ・メーカーといえよう。やはりこの人は天才なのだ、きっと。

ピツィカートの多用、独特で印象的な声楽の扱い(残念ながら後者の対象曲はCD未収録。映画のDVDで聞いて欲しい)などの特徴は現在も変わらないが、オーケストレーションがとにかく面白い。どこをとっても飽きないが、決して奇を衒っているわけではない。それに、1つの映画に2曲も5拍子の曲があるというのも珍しくないだろうか。しかも、1曲はリニア・カーと反重力(?)ヘリのチェイスシーンという、ありきたりに考えれば5拍子にはしないだろう、と思われるシーンに付けられている(そういえばガンダムにも5拍子の曲があった)。

1曲としてつまらないものはないが、何といっても壮大なプロローグ(序曲付きの映画自体この時代ではすでに珍しくなっていたと思う)に続いて演奏されるオープニングの曲について語っておく必要があるだろう。この曲には実は原曲がある。作曲者本人によるヴァイオリン協奏曲"KOMA"という作品がそれで、これもかつてのレコードそのままにワーナーからCD化されている( ヴァイオリン協奏曲「KOMA」)。この曲を音楽監督から聴かされた手塚治虫が気に入り、全面的に使用することにしたとどこかで読んだ。もともとは弦楽合奏用の協奏曲で、ニューヨークフィルハーモニー室内管弦楽団によって演奏されている。2772では、伴奏部がオーケストラ用に編曲されているが、セリフなしで長々と続く主人公の生誕から成人までのシーンでかなり原曲に近い構成で使用されている。独奏ヴァイオリンは千住家芸術3兄弟の1人、当時まだ高校2年生だった千住真理子である。

完成した音楽について手塚治虫は非常に気に入っていたらしく、「例え映画を気に入らなかった人でも音楽は気に入るでしょう」とまでインタビューで述べていた。その後も樋口康雄とのコラボレーションは行われており、24時間TV用の作品「ブレーメン4」では2772から何曲かが使い回されてもいる。

惜しむらくは、このサントラ盤では公開時にカットされたもの()も含めかなりの未収録曲があることである。コロムビアには是非頑張って完全全曲盤を出していただきたいものである。

※)当時の映画公開前のTV特番で、公開版ではカットされたシーンが紹介されていたと記憶している。映画に登場する3人のマスコット宇宙人のうち、クラックが巨大なナメクジ型宇宙人の背中に乗って登場するシーンがそれである。サントラにはこの3宇宙人が演奏する「愉快な仲間たち」という曲があるが、この曲でクラックが演奏するフルートのパートをここではソロで演奏しながら登場しており、クラックとピンチョのパート(後者は公開版にも登場する、ミュートしたトランペットとオーボエのユニゾンでおもちゃのラッパの音色を表現した曲)はそれぞれ独立しても演奏できることを意図して作曲されていたことがわかるのである。当時、番組の音声をカセットテープに録音しながら、後に消去してしまい、今となっては惜しいことをしたが、このようなシーンがあるということは、他にも実際には作画・作曲されながら、公開版編集時にカットされたものがあるかも知れない。

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