交響曲第1番「HIROSHIMA」 (Symphony No.1 "HIROSHIMA")

Takashi Niigaki

新垣 隆(佐村河内 守 名義)

COCQ-84901 / (株)日本コロムビア

指揮:大友直人/東京交響楽団

クラシックとしては異例の大ヒットをしたこの曲をこのコーナーで取り上げるのはふさわしくないかもしれない。だが、'14年2月5日の衝撃的な報道により、ゴーストライターの存在が明るみになった以上、今後は歴史上の幻の曲となってしまうかも知れない。しかしながら、音楽に関する様々な問いを投げかけることになったこの曲の存在を、安易に封印して良いかは疑問である。そんなわけで、自分なりに感じたことを書き記してみたいと思い、このコーナーで取り上げてみることにしたのだ(トワイライトゾーンというよりグレーゾーンだが)。

一旦話は飛ぶが、松本清張の小説に「砂の器」というのがある。エリートとしてのし上がった作曲家和賀英良が過去の不幸な生い立ちを隠すために殺人を犯してしまうという物語で、何度も映画化やTVドラマ化されている名作である。原作では主人公は前衛的な電子音楽の作曲家という設定なのだが、映画等ではもっと大衆性が求められるからであろう、1974年の松竹映画版(監督:野村芳太郎、主演:加藤剛)では、和賀の作品として劇中で演奏される曲は、ピアノ協奏曲風のセミクラシック(音楽監督:芥川也寸志、作曲:菅野光亮<かんのみつあき>)に設定変更されている。この「ピアノと管弦楽のための組曲『宿命』」(※1)と名付けられた音楽は、和賀が自身で指揮するコンサート会場のシーンに、物語(事件の捜査や半生の回想)のシーンが交錯しながら同時進行するという構成の中で非常に効果的に使われ、当時の邦画のアンダースコアとしては珍しく売れたという。ここから「サウンドトラックが売れる」という認識が業界に広まったと言われており、邦画サントラの名作として今なおロングセラーを続けている(※2)ことからも、当時同曲が観客に与えた印象の大きさが覗える。

2004年にTBS系列で仲居正広の和賀役でTVドラマ化された際にも、音楽(千住明)や構成は意図的に同じ路線が踏襲されたが、当時この番組を見ていてふと筆者が思ったのは、今さらこのようなベタに機能調性で作られた19世紀的な(しかも通俗的な)作品が芸術音楽の世界で通用するわけはないし、こんな絵に描いたような「天才作曲家」がアイコンとして成立することもないだろう、ということである。原作が書かれた'60~'61年頃なら、まだ黛敏郎のような現代音楽のスター作曲家がいたし、実際おそらく主人公はこうした辺りの人物をモデルにしたのであろう。まして原作の方では主人公が作曲するのは当時の先端的な音楽(ミュージック・コンクレート)である。あくまでドラマの演出上の嘘という前提ではあるのだが、とはいえ、クラシック音楽の世界的な衰退がすでに始まっていたご時勢のこと、では現代日本のクラシック系音楽の実像が一般にどの程度認知されているのだろうか、ということに思いを馳せると、寂しく感じたものである。この千住版もやはり評判が良かったらしく、しばしば千住明のコンサートでも演目に取り上げられていたが、これはあくまで「劇伴音楽」なのであり、作曲者本人もこのようなスタイルの音楽を現実のクラシックのコンサートピースとして作ったつもりは無かっただろう。タイトルもCDでは「ピアノ協奏曲『宿命』」とほぼ松竹映画版を踏襲したネーミングであったが、劇中のセリフではあえて「交響曲」と呼んでいた。「だって、そう呼んだ方が何だかエリートの作品らしく聞こえるじゃん」と言ったかどうか知らないが、視聴者にハッタリが効くと演出家あたりが判断したのだろう(※3)。視聴率という枷があるテレビドラマでは仕方ない面もあるのだが、音楽についてはリアリティがないことだなぁ、と思いながら見ていた。ところがそこへ、佐村河内守なる作曲家が真っ向から19世紀ロマン派風の「交響曲」を引っ提げ、彗星の如く現実の世界に登場してきたのである。

筆者が初めてその名を知ったのはカプコンのゲーム「鬼武者」の音楽を基に作曲された交響組曲「RISING-SUN」のCD。ライナーの解説は、全聾の作曲家ということを前面に謳い、大仰な言葉遣いで何やらやたらに凄い凄いと持ち上げているような内容だったが、何しろ管弦楽に邦楽器を多数加え、超一流のソリストをかき集めて行われた演奏であったから、大型企画であったのだろう。製作費の回収を当て込んだ製作者側のキャラクター作りに作曲者も体良く乗せられてしまったのだな、とその時は思っていた。クラシック系作曲家としては聞いたこともない名前だったし、「佐村河内」なんて如何にも作為的である(本名のようなのでこの点は大変失礼であったが)。音楽そのものも筆者の個人的な趣味から言えば好みではあるのだが、編成の派手さの割には同作曲家の他の作品まで買い漁りたくなるほどの強烈な個性を感じたわけでもなく、可も不可も無しという印象であった。まぁ、ターゲットはそもそもクラシックのリスナーではないし、こういう宣伝の仕方をする企画ではいつものこと、この人も一発屋で消えていくかも知れない、と。それから暫くしてのことである。同作曲家による交響曲第1番の一部が初演されたという、新聞や民放TV番組の報道を見たのは。

「へぇ、本当にクラシック系のマイナー作曲家だったんだ」と思ってからは関心を持つようになったのだったが、それから数年を経ずしてNHKスペシャルを契機にあれよあれよという間に時の人になってしまったのだから驚いた。筆者はもともと邦人作曲家が好きであったから、期待し直してこの曲も改めて全曲を聴いてみた。終楽章がマーラーの交響曲第3番に似ていることには、オリジナリティが無いのかと再び少しがっかりしたものの、今時大真面目にこのような「時代遅れの」交響曲を作っているようだったし、聞けば東日本大震災の被災者を中心に売り上げを伸ばし、ヒットチャート入りしているという。流行に我も我もと熱狂し急速に冷めていくのが世の常、全国ツアーコンサートまで成し遂げてしまった熱狂ぶりも、あと1~2年もすれば結局忘れ去られてしまうに違いない、という冷めた気持ちもあったが、一方で世間にクラシックに対する関心を持ってもらう起爆剤になるのではないかとの期待も持っていた。音楽業界の関係者にもおそらく同じような期待があったのだろう。筆者の個人的な趣味はさておき、多くの人を引き付ける魅力があるのだろうと人気自体は好ましいことと思っていた。いや、むしろ売れないクラシックの世界でその快進撃が痛快だったと言っても良い。だからまさか、作曲そのものが本人の手によるものではないとは思いもしなかったのである。

佐村河内守が新垣隆に交響曲第1番の作曲を依頼した際に提示したという指示書なるものが公開されているが、その図案を初めて見た時、何かに似ていると思った。筆者が思い出したのは、1942年の「The Film Sense」の中で映画監督エイゼンシュタインが、自身の映画「アレクサンドル・ネフスキー」の音楽について説明する際に用いたダイアグラムである。これは、プロコフィエフが付けた音楽が優れている理由として、映像の表情とテンポ、音楽のメロディとリズムが非常に良く一致していることを示したものであり、映画音楽史が語られる際には、必ずと言っていいほど引き合いに出される有名な図案である。実際には指示書とはやや意味合いが異なるものではあるのだが、しかし筆者はそこでハタと思ったのだ。そうか、交響曲第1番とは、被災地を舞台にした「佐村河内劇場」の劇伴音楽だったのだ、と。それであれば、古今の多様な音楽の要素が散りばめられているのもむべなるかな、実際、作りも要所々々で映画音楽っぽい。作者をクレジットするなら差し詰め、原作・監督・脚本・演出・主演・音楽監督:佐村河内守、音楽:新垣隆といったところか。

この曲について、玉川大学の音楽学者野本由紀夫は、1000~1500年前頃から現代までの音楽理論を知らなければ作れないと評したそうだが、そう言われてみると、この指示書では、ルネサンス期の作曲家ウィリアム・バードから、「広島の犠牲者に捧げる哀歌」(※4)を作曲した現代音楽作曲家クシシュトフ・ペンデレツキに至るまでを引き合いに出して曲想を説明している。プロの音楽家としての技量は無くても、自作ドラマの音楽監督が務まる程度の音楽通ではあったようだ。1音符も書かなかったにしても、少なくとも演出家としてはこの長大な「交響曲」のストーリー展開に注文を付けてはいるわけである。いわばこの曲は、佐村河内守にとって自ら造り上げた物語を演出するための「ピアノ協奏曲『宿命』」だったのだ。だがその物語も、制御不能なまでに暴走を始めてしまった自らの虚像の重荷に耐えかね、崩壊してしまった。それこそ砂で作った器のように。

この事件によって筆者が気付かされたのは、強力なプロデューサーさえいれば、今の社会でも「天才作曲家」などというアイコンを現実に成立させることが可能だということである。佐村河内守には、常に「現代のベートーヴェン」(※5)なるキャッチフレーズが付いて回っていたが、そもそもベートーヴェン本人はいつも不潔で臭く、「汚れ熊」という綽名さえ付けられていたということであるから、佐村河内守が作り上げた聖人的な虚像とは懸け離れている。音楽の教科書に載っている如何にも楽聖っぽい肖像画のイメージが、「ベートーヴェン」ブランドとして独り歩きしているのだろう。映画「アマデウス」に描かれたモーツァルトじゃないが、そもそも作品のイメージをそのまま作者の人間像と捉えることに無理があるのかも知れぬ。また、交響曲の作曲という行為も、決して神秘的なものではなく、むしろ長編小説を書くような緻密な構成の設計と地道な推敲作業の上に成り立っているはずなのだが、文章の執筆作業と違って多くの人には日常生活で親しみが無いせいか、音楽の場合にはなぜか「旋律が天から降ってくる」といった神憑り的なエピソードが受け入れられてしまう。また、日本人は「絶対音感」を神格化している傾向があり、この言葉にも妙に弱い。佐村河内守という演出家は、これらの点を良く理解していたのだろう。さらには、TV出演だけでなく、自らこの物語の「原作」とも言える「自伝的」著書「交響曲第一番」を出版するなど、かつての角川映画のメディアミックス戦略をも思わせるプロデュースぶりである。

代作発覚の報道を聴いていて、筆者は数年前のある別の事件を思い出した。細部を正確には憶えてはいないのだが、それなりに知名度のあるポピュラー歌手が地方を巡業し野外ライブを行っていたということだったと思う。実はその歌手が、実在の歌手の名を騙った真っ赤な偽物だったというのだ。ところが、ライブに来ていた村のお年寄りが取材に答えて言うには、怒ってもいないし出演料を返すべきだとも思っていない、という。曰く、それなりに楽しんだし、ここでは本人がそうだと言えばそれが真実なのだ、というのだ。これは、その地域の住民の人柄を物語る一種ほのぼのとした美談としてTVでも報道されたが、それとは別の意味でも示唆を含んでいるように思われる。

CDやコンサートのリスナーが、音楽本来の良し悪しではなく、「作曲家の物語」に踊らされたことを指摘する報道は多い。また、この曲を絶賛した評論家への風当たりも強いようである。もちろん見識は必要である。真に優れた音楽が中身で評価されないことは淋しいことであるし、何より音楽文化の衰退につながるだろう。しかしながら、今議論されている意味での見識とは何だろう。それは、芸術作品の「客観的評価基準」なるものが存在するという前提があって初めて成立するような概念ではないのだろうか。少なくとも、この作品がベートーヴェンやショスタコーヴィチの交響曲に比肩するかどうかという評価基準の下での議論を「劇場」の外でやっても無意味なことは明らかである。

音楽の価値評価というものは、美術品の真贋鑑定とは意味が違う。何らかの事実や証拠に基づいて白黒を付けられるようなものではない。また、現在名曲として知られている作品も、必ずしも芸術性に比例して知名度を獲得してきたわけでもない。その作品が作曲された時代の作曲技術の成熟度や社会的価値観、地域性、流行、さらには政治的な思惑や作曲者個人の人間関係、地位、運、評者の得意分野や思想に至るまで、様々な要因に評価が左右され選別されてきた結果なのであり、専門家と言えども価値判断の切り口は多様だったのである。まして趣味として音楽を聴く我々リスナーとしては、他人の評論を評論しても意味はなく、このお爺さんのように自分に正直に価値を判断すれば良いのではないだろうか。その時の評価基準を「全聾の作曲家」佐村河内守という人物像に求めるのか、音楽そのものに求めるのかは、特に専門家ではない我々の自由であり特権である。CDやコンサートにお金を出した人の価値観が前者であれば騙されたと思うだろうし、後者であればそうは思わないだろう。中には、話題の作品だからとの理由でCDを購入し、代作云々以前に「ハズレだった」と思った方もいたに違いないが、その場合は代作かどうかはどうでも良い、ということになるのだろう。

作曲家三枝成彰が第19回芥川作曲賞の審査員の1人としてこの作品の選考に関わった時、他の審査員が反対する中で推薦していたのだという。三枝自身は、作曲家になったのは父親の意向によるもので、新しい文化を創るのだと前衛寄りの作曲を行っていた若い頃は、実は作曲が楽しくなかったのだという。その後、作曲が楽しくなったと言い出した頃からは、もっと保守的で大衆性のある作風に転向してオペラの作曲に力を入れるようになっているくらいであるから、今時このようなスタイルの大作に真っ向から取り組んでいる作曲家の登場に共感を覚えたのではあるまいか。世間には、野口剛夫が早くから本作の芸術性に対する疑問をかなり的確に指摘していたことを称え、一方で本作を賞賛していた音楽家の「見識の無さ」を批判する風潮があるようである。しかしながら、例えば三枝成彰の場合は、かつて自作オペラの前座の挨拶で「誰が何と言おうと私はこういうのが好きなんです」と述べていたことなどから考えても、このようなスタイルの曲に対する周囲からの風当たりは自ら実感していたはずである。だからこそ、反対されることは最初から百も承知で、こうした「異端の」芽を擁護するとともに、楽壇の現状を変えたいという改革精神もあったのではないだろうか。現在の芸術的価値基準よりも、自分の信念に従って評価しようとしたのだと思うのは考え過ぎだろうか。因みに、この作品が落選した理由は「審査対象にならない」ということだったそうである。同作曲賞の趣旨からすれば、おそらくそれが正しい判断なのだろう。しかし、この作曲賞の歴代の受賞作が、賞名に名前を冠された作曲家(芥川也寸志)の作品ほどにも世間で親しまれ愛されるものになるかというとそれはまた別問題である(※6)。価値観は1つではない。

この曲を現実の天才作曲家の交響曲としてではなく、「天才作曲家の物語」の劇中で演奏された交響曲、つまりは劇伴音楽として捉えた場合はどうなるだろう。あえて交響曲という名にこだわるのであれば、形式的にはベートーヴェンのそれというより、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」(実質的には交響詩)のようなものの方が近いのかも知れないが、劇伴音楽というのは、言うまでもなく物語に付随する音楽であって、単独で聴いても本来意図した効果を体感することはできない。一見他愛のない作品であったり既存の音楽の使い回しであったりするものが、視覚情報や物語の文脈の中で意味付けて使われることにより、抜群の効果を発揮することがあるし、映画のサウンドトラックを先に聴いてつまらなかったものが、後で映画を見てみたらその効果に圧倒されたという経験すらある(残念ながら、音楽を聴いただけで映画自体がつまらないものであることがバレてしまうようなことの方が圧倒的に多いのが現実ではあるが)。音楽そのものは変わらないのだが、映像や物語との相互作用を経て最大の効果を発揮するように設計されているため、映画を見る前後で解釈が変わるのである。あるいは、その音楽を聴く別の視点に気付くというべきだろうか。これは劇伴音楽ならではの特性であり醍醐味である。

我々は、虚構と知りながら映画を見て感動する。それは、物語のフレームワークに自身の体験や心情を投影することによって独自に解釈し直し、作者のメッセージに共感するからではないか。この曲は構想段階では「現代典礼」という標題であったそうだが、つまり悲劇→苦悩→救済というフレームワークで作れば、現代社会で共感を得やすいという読みが最初からあったのではないだろうか。「現代典礼」とはそういう意味合いであって、別に本来の意味での典礼用音楽ではないのだ。だから、「HIROSHIMA」という標題を後付けしたと言っても、それはこのフレームワークの解釈に、よりキャッチ―な具体例を与えたというに過ぎないのであって、コンセプトは最初から変わっていないのである。例えば、曲が始まって数分の所で聴かれる荒々しい和音は、原爆投下の悲劇を表したものだと言われればそう聴こえるが、自然の猛威だと言われればそうも聴こえる。怪獣の出現だと言っても良いかも知れないし、あるいは聴力を失った衝撃だと言っても良い。後追いで発表された「交響曲第一番」という物語も、基本的には同じ図式を「闇の中の小さな光」という私的物語に置き換えて、文学的になぞったものだろう。音楽と著書という2つの「交響曲第一番」は、同じフレームワークの別の表現体として、相補関係にあるのである。音楽は抽象芸術である故に、受け手の物語に応じて、如何様にも解釈してもらうことが可能である。だから、音楽に感動した人の中には、佐村河内守というよりも、むしろ自らの人生を投影して聴いておられた方も多かったのではないかと想像する。それならば、きっとその感動自体は偽りではないのである。その根底には、悩める若者が同年代のシンガーソングライターが書いたポップスの歌詞に共感し、「勇気をもらった」というのと同質の感動があったのではないだろうか。

18万枚というセールスは、クラシックのCDでいう通常のヒットに対して桁が2つくらい多いほどのスケールである。「口コミ」が拡散しやすいこの時代に、単に「作曲家の物語」への感動だけで、1時間を超える退屈な管弦楽作品を聴くという苦行を、それほど多くの人が体験することになってしまうものだろうか。全員ではなくとも、それなりに多くの人の耳を長時間引き付けるだけの何らかの魅力があったはずである。いやそうではなく、この事件は単にブランドに踊らされ易く、度々食品偽装問題に巻き込まれる日本人が、音楽でまた同じことを繰り返したに過ぎないのだ、という見方もまたできるかも知れない。ただ、音楽が食品と違うのは、素人に判断の難しい素材の出自を付加価値として価格に上乗せできるようなものではないという点である。作品の全ては耳で確認できるのであって、後はその価値を受け手が自由に決められるのである。前述の指示書には、後世に残る芸術的価値の追求のためなら破っていけない指示は無い、といった趣旨の注釈があるが、この曲を聴く限りでは、真の作曲者である新垣隆は、むしろ感覚に訴えるわかり易さやビジュアル的表現を大事にしたようだ。迫力ある重低音とか、咆哮する不協和音や打楽器、時に見せるメロドラマぎりぎりのメロディライン、マーラーっぽい感動の大団円へ向けての盛り上げ方など、東京交響楽団の演奏の良さも手伝ってか、恥ずかしげもないほどオーケストラの気持ち良さを露出したサウンドで、ストーリー展開のキーポイントをわかり易くリスナーに体感させてくれる。片や一方で、指示書に倣って比較的短時間に緩急強弱と曲想を変え、退屈しないように場面転換する工夫も忘れていない。この作りを例えて言えば、それこそテンポの良い娯楽映画のようなものだ。そう考えてみると、何度も出てくるいくつかの印象的な主題や動機のバリエーションも、絶対音楽としての主題労作によるものというより、何かのライト・モチーフのように響いてくる。つまり、音楽的には前述の交響組曲「RISING-SUN」のような、クラシックの形式を借りた劇伴音楽の編曲物の延長線上にあるものなのであり、要するにこれは、交響組曲「交響曲第一番」なのである。おそらくこのような点がクラシック系の専門家の賛否を分かれさせる原因の1つであるのだが(※7)、一方でこうしたストーリー性を持てたことが、歌詞のないこの曲に著書と一体となってポップソングのようにストレートにメッセージを語らせ、ヒットに大きく貢献したのではないだろうか。

シベリウスの民族的な主題を扱った有名な交響詩「フィンランディア」は、作曲当時ロシアの圧政下にあったフィンランドの独立運動というムーヴメントの中で民衆の支持を得、後に「第2の国歌」と呼ばれるまでの人気を博した。ヒット曲はしばしばその時代を映す鏡となるが、現実社会の苦難が同朋意識を通じて共有される時、苦難から勝利へ、というストーリーはいつの時代も大きな共感を呼ぶものらしい。「フィンランディア」が図らずも象徴することになった圧政下の民族の団結というメッセージを、災害という受難の下での被災者の希望へと置き換えてわかり易く発信したことが、時代の要請に見事にマッチした結果、この曲を「プロデューサー」自身の予想をも超えたヒットにつなげてしまったのだろう。

代作の発覚で、改めて大きな脚光を浴びることになったこの曲も、これからは興ざめ感と共に急速に多くの日本人の記憶から消えて行くのだろう。あぁ、言われてみればそんなものもあったね、と。しかしながら、経営難のオーケストラが統廃合で消えて行くという話も珍しくない昨今、クラシック界に大衆の支持を取り戻すには、こうした親しみやすい新作を用意することも必要だろう。かつて「スター・ウォーズ」や「宇宙戦艦ヤマト」の音楽をきっかけにクラシックに興味を持った方も多いと聞く。ここから、ベートーヴェンやマーラー、ドビュッシー、ラヴェル、レスピーギ、ワーグナー、あるいはもしかすると現代の邦人作曲家の作品などにも興味を広げていく方が増えてくれれば、それも音楽文化への1つの貢献である。20世紀以降に作られた曲にも、もっと親しまれても良いはずの曲が多数あると筆者は信じている方であるが、如何せんこれらの曲にはそもそも一般に聴いてもらうための適当なチャンスや入口が無いのが現状である。今回、メディアを悪用する形でその入口を作り上げてしまったことは問題であったが、結果としてこの曲は、マーケットの無意識の願望を壮大な社会実験によって見せてしまった。今の時代、正しい使い方であれば、メディアも大いに活用しなければならないし、自分好みの解釈なり入口さえ見つけてもらえれば、芸術音楽にも興味を持ってもらえる可能性はもっとあるはずなのである。図らずも不幸な生い立ちの下に世に出てしまったこの曲を、汚点として音楽史から抹殺するのは簡単だが、むしろ21世紀の刹那に社会の断面を映した鏡として記憶に留め、そこから何かを学ぶべきであろう。音楽の価値とは何か、先人の資産の継承と実験的破壊、芸術性と大衆性のバランスをどう取っていくのかなど、投げかけられた課題は多い。これからの芸術音楽の在り方を議論する糸口として、この曲を今後も何らかの形で聴かれるようにしていって欲しいものである。

ところで、「現代のベートーヴェン」と言える作曲家はやはり日本にはいないのだろうか。実は20世紀末頃になっても、別宮貞雄(野口剛夫の作曲の師)の交響曲第3番「春」('84)や原博の交響曲第1番('79)のような機能調性の交響曲が作られていたし、これらの作曲家は一流としてちゃんと評価されてもいるのである。特に原博は、ロマン派風の別宮貞雄に比べると、もっと極端である。20世紀以降のあらゆる音楽の価値を否定し、バッハやモーツァルトを規範として今の時代に「シャコンヌ」や「ピアノのための24の前奏曲とフーガ」といった時代錯誤とも思える題材で作曲を行っていたため、当初は全く評価されず、その後の研究によって見直されてきた経緯がある。そうした姿勢からは、職人的な頑なささえ感じるが、しかしそこから生み出された精神性の高い作品(筆者にはむしろ晦渋に感じられる曲もあるが)を聴いていると、聴覚に障害など無くても「現代のベートーヴェン」と称するに最も近い日本人ではないかと思えてくるのである。

最後にもう1つ補足しておくと、広島の名を冠した交響曲は、実際にいくつか存在している。ただ同じ広島がテーマと言ってもその切り口は様々である。まず代表的なのが大木正夫の交響曲第5番「ヒロシマ」。NAXOSのCDで聴くことができるが、初版では交響曲ではなく交響的幻想曲として発表されたようである。'53年という原爆投下から10年にも満たない時期の作品であるせいか、原爆投下直後の悲惨な情景を延々と描いて原爆を断罪し、最後まで救いが無い。ただ、意外と語り口は平易で聴きやすい。大木はその後、峠三吉の「原爆詩集」をテキストとする代表作、グランド・カンタータ「人間をかえせ」も作曲している。一方、'85年に團伊玖磨が作曲した交響曲第6番「HIROSHIMA」は、終楽章にソプラノの独唱を伴い、復興した広島への賛歌を謳いあげる。これはウィーン交響楽団の演奏でCD化されている。他に、宮原禎次の交響曲第5番も「広島」と言うらしいが、筆者は聴いたことがない。

※1)もちろんベートーヴェンの作品を意識したタイトルであろうが、'12/11/18放送の「題名のない音楽会」(「運命」お国事情~名曲百選(18)ベートーヴェン交響曲第5番「運命」の回)よると、日本で「運命」という綽名で呼ばれている件の交響曲は、台湾では「命運」、アメリカでは「fate(運命というより宿命が近い)」、イスラエル(ヘブライ語)でも「ハゴラール(fateの意味)」と呼ばれているそうである。

※2)映画公開40周年となる今年'14年の3月には、コンサートで演奏されるという(指揮:西本智実、ピアノ:外山啓介、管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団)。

※3)最も最近の映像化であるテレビ朝日系列のドラマでは、和賀(佐々木蔵之介)が作曲したのは、「永遠」と「寂滅」という名を持つ2つの交響曲である(音楽:沢田完)。この2曲の作風の違いが殺人事件の謎を解く重要な鍵を握るのだが、交響曲自体にはあまり活躍の場は与えられず、話題になることもなかった。なお、当初の放送予定が奇しくも'11年の3/12~13であったため、先の大震災により放送が半年先送りになり、9/10~11に放送された。

※4)弦楽器の特性を生かし、微分音のトーンクラスターを使ったペンデレツキの代表作であるが、この曲も本来は広島とは関係なく作曲されたものであり、タイトルが後付けであることは広く知られている。

※5)「TIME」誌が使った"a digital-age Beethoven"(デジタル時代のベートーヴェン)という言葉が、本来の文脈を離れて独り歩きしたもののようである。

※6)因みにこの回の受賞者は藤倉大。海外でも注目される今話題の現代音楽作曲家なのであるが、では、一般にどれくらいの方がその作品を聴いたことがあるだろうか。本人の公式ページでは積極的に作品が公開されており、無料で聴くことも可能である。

※7)概して、TV出演や劇伴音楽の作曲など、大衆向けの仕事を自身の重要な活動の1つに位置付けている音楽家の方がこの曲に好意的な傾向にあるように感じられる。

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