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風の大陸

Michiru Ohshima

大島 ミチル

1)オリジナル・サウンドトラック Vol.1 VICL-302(1992/07/18)

2)オリジナル・サウンドトラック Vol.2 VICL-367(1993/01/21)

いずれも、ビクターエンタテインメント(株)

指揮:大島ミチル
フルート:旭孝、相馬充
ケーナ、パンフルート(Iのみ)、リコーダー(Iのみ):旭孝
ウクレレ、マンドリン、ブズーキ、フレットレス・ベース、
アコースティック・ギター、E.アップライト・ベース、プサルテリー:渡辺等
ヴァイオリン、胡弓(IIのみ):篠崎正嗣
ハープ:朝川朋之(Iのみ)、山川恵子
そのほか

大島ミチルは、ヤマハJOC(ジュニアオリジナルコンサート)でエレクトーン演奏と作曲の技術を身に着け、その後国立(くにたち)音楽大学作曲科を卒業した。純音楽から映画やCM等のメディアの音楽まで幅広く活躍しているが、特にメディア関係の音楽制作との関わりは、在学中にアルバイトで音楽制作会社に入ったところから始まっている。本人によると、このような若い頃から職人芸的な世界に入っていけたのは、幸運にも樋口康雄(火の鳥2772リーンの翼)と出会えて適切な教えを乞うことができたことが大きいという(※1)。女流作曲家ながら、大陸的な雄大さを持つ、時に豪快な音楽が持ち味で、女性として初めてゴジラシリーズの作曲家に抜擢されてもいる。また、教会旋法(※2)や民族楽器等を用いた異国情緒も特徴の1つで、篠崎正嗣と組んだユニット「式部」として手掛けたNHKスペシャル「大英博物館」('90)のサウンドトラックは、その代表的なところと言えるだろう。

そんな作風を持つ大島ミチルが、サウンドトラックの作曲家として起用されるべくして起用されたと思えるのが、竹河聖のファンタジー小説を原作とする劇場映画「風の大陸」('92公開)である。映画では、原作におけるアゼク・シストラ編において舞台となる遺跡のイメージを映像的に大きく膨らませている。かつて栄華を誇り400年前に滅亡した古代都市の民は、死後の世界を信じ、死者が永遠に幸福に暮らすための都、黄金都市アゼク・シストラを建設した。彼らはそこにミイラ化した死者を生前の生活の様子そのままの姿で安置していたため、遺跡の中には蝋人形館さながらに今にも動き出しそうな人々の亡骸が立ち並んでいる。中世ヨーロッパ風の庶民の暮らしぶりと、古代エジプト的な死後の世界観とを組み合わせた映像表現は、どこかにあってもおかしくなさそうなリアリティを感じさせる死の都の文化的イメージを作り出すことに成功していると言って良いのではないだろうか。

CDを聴いた限りでは、音楽の制作手法はフィルム・スコアリング(「機神兵団」の※3参照)ではなく、かといって厳密な意味で溜め取り式というわけでもなく、音楽アルバムとしての構成を優先した作りになっているように感じる。作曲家には最低限のガイドラインとなる映画のイメージだけを伝えてあとは独立した楽曲としても成立するように自由なイメージで作曲してもらい、それらを編集して使うだけではサントラとしてどうしても不足する部分だけ、特に指定して書き足してもらったような、そんな印象を受けるのである。ここで、前者はサントラVol.1の収録曲、後者はVol.2のトラック3「アゼク・シストラ」とトラック11「Groaning Town」のことを指している(実際この2曲は他の曲に比べて劇伴的であるし、またこれ以外にCDに収録されていない劇伴曲もいくつかある)。Vol.2のその他の曲は、サントラではなく(映画で使用されておらず)、もう1枚アルバムを出すために、映画とは別に書き足してもらった新曲に、Vol.1に収録できなかったトラックを加えて、イメージアルバムとして制作したように思える。Vol.1に未収録のサントラ2曲が欲しい場合には、Vol.2も入手する必要があるが、後者についてはイメージアルバムと割り切って聴くつもりで買うのであれば、他の曲もそれに値する内容はあると言えるだろう。新井昭乃による「凍る砂」というボーカル曲も収録されている。

サントラとしては、上記の理由から曲数は少ない一方で、1曲あたりの尺が長めに取られている。このため、映画での音楽の使い方としては、溜め取り式と同様に、編集で切り取ったり、場合によっては繰り返しを増やしたりして尺やタイミングを調節し、また複数個所に同じ曲を使用したりする方法が採られている。なお、民族楽器を初めとする編入楽器が多数使用されているが、同一奏者による楽器が複数種類同時に演奏されていると思われる個所が所々あるため、必ずしも楽器編成の全楽器が同時演奏されているわけではなく、同一奏者による多重録音が援用されているようである。

映画使用曲の中では、Vol.1の(主題歌を除いて)最後の「失われた地平線」と題されたオーケストラ版のメインテーマこそが白眉である(トラック1の「失われた大地」は同じテーマの民族楽器バージョン)。壮大なエンディングに向けての序章を思わせる前奏部分が終わると、NHK大河ドラマの「花神」(作曲:林光)のテーマ音楽のそれを思わせるチェロの分散和音に乗って、短調系のドリア旋法を用いたおおらかな主旋律がケーナ(「コンドルは飛んでいく」などのアンデスの音楽で良く使われる縦笛)とヴァイオリン群のユニゾンによって奏されるが、これぞ大島ミチルのトレードマークとも言えそうな名曲である。そして後半になると、このメインテーマが長調系の明るいミクソリディア旋法に「転調」(この表現はあまり正確ではないが)し、一層感動的になる。物語序盤、主役一行(ティーエ、ラクシ、ボイス)は、盗賊団に襲われて負傷した少年(実は少女)に旅の途中で出会い、砂漠の廃墟でその死を看取る。しかし後にわかるのだが、その場所こそは、かつて生者が暮らしたアゼク・シストラの本当の都市の遺跡であり、貧しい故郷のために少女が探し求めていた黄金都市が地下に眠る場所の真上であった。希望の地がすでに足元にありながら、そのことを知らぬままに息絶えた少女。皮肉な真実を悟って愕然とするラクシの「こんなことって…」というやるせないセリフに、あえてミスマッチに場を盛り上げるこの曲と強い日差しの中で砂漠に佇む一行の姿が実に効果的である。

トラック3「The Gate Of Death」は、映画「ベン・ハー」(音楽はミクロス・ローザ:参考曲ピアノ協奏曲)の有名な序曲の和声感覚を思わせる序奏に始まるが、ここでは弦楽器の下降グリッサンドが異国情緒を一層濃厚にしている。序奏が終わると続いて引きずるような低音弦の空虚5度(※3)のリズムに乗って、裁きと死の神アゼクの巨大な神殿の威容が迫ってくるような壮大な旋律が奏される。ただ実際には、この曲は神殿というよりも、主に古代ローマの剣闘士のような半裸の姿をした盗賊団のテーマのように扱われている。序奏部分はヴェネチア仮面祭を思わせる無数の不気味な仮面が天井から吊るされている部屋に盗賊たちが出くわすシーンに、また続くメイン部分は、野営地やアゼク神殿の前といった盗賊団の集結場所でのシーンや、盗賊団が神殿に押し入ったことで神殿を守る精霊達がざわめき始めるシーンなどに使用されている。

トラック5「砂漠の旅人」は、民族打楽器のリズムに乗ってケーナやリコーダー、ポルタメント気味にフィドルを模したヴァイオリンが旋律を引き継いでいく、陽気な旅を思わせる音楽。間奏部にトレモロ奏法のマンドリンも加わる。

トラック7「シャンバラ」はボンゴとコンガによる民族音楽的なリズムに乗って、ジャズ・テイストのヴァイオリン、トランペット、サキソフォン×2が速弾きで時にユニゾンで重ね合ったり、時に掛け合いを演じたりする熱狂的な楽曲。それぞれのソロ奏者はCDのクレジットからおそらく篠崎正嗣、数原晋、柳沼寛、JAKE H. CONCEPTIONで、彼らソリスト達の名人芸が堪能できる。また最後には、和太鼓と思われる地響きのような膜面の震動音も聴かれる。この曲は、ティーエ一行が盗賊団に追い回されたり、精霊が宿った仮面たちに一斉に襲われたりするアクションシーンで使用される。

トラック9「Cry Out」は、ついにカタストロフが始まったような緊迫感のある序奏で始まる。この部分は、盗賊団が丸太で扉を破壊して神殿に押し入ろうとするドォーン、ドォーンという音が神殿内に鳴り響いている中で流され、ティーエが騒ぎ始めた精霊たちを防ぐための結界を張ろうとするところまで使用される。続いて途中からファゴットとティンパニによるリズムに乗ってテンポが速まり、いよいよ緊迫感が高まるが、この部分は仮面たちが口々に激しい音波のようなものを出してティーエ一行を襲うシーンに付けられている。

トラック10「レクイエム」は、神殿を守る精霊たちの怒りを買った盗賊たちが、精霊の宿る無数の仮面の口から射出された糸のような細い管に貫かれて宙吊りにされ、体液を吸い出されてミイラ化しているシーンに使用される。しかし音楽はグロテスクなものでは全くない。祈りのような旋律がオーケストラで静かに始まり、やがて大地をゆっくりと踏みしめるようなコントラバスとティンパニのリズムに乗って、この旋律に「uuu...」と発声するヴォカリーズ(母音唱法)の合唱が加わる。レクイエムとは言っても、大島ミチルらしいどこまでも大らかな音楽である。そして一旦音楽的な山場を迎えた後、終結部ではチューブラーベル(NHKのど自慢のあの楽器)が弔いの鐘を思わせるように静かに打ち鳴らされる。

次にVol.2であるが、トラック3「アゼク・シストラ」は、過去に遡るような序奏で始まり、人々の楽園のような暮らしの様子を描いた華やかなオーケストラ曲である。ティーエがアゼク・シストラの伝説を仲間達に語るシーンや、アゼク・シストラの地下水路で、かつて栄華を誇った古代の民たちが煌びやかな船に乗って現れる幻影を仲間たちに見せるシーンに使われる。

トラック11「Groaning Town」は、ボイスがそれと知らずにテーブルに腰かけている人物に声を掛けると、顔に着けていた仮面が剥がれ落ち、その下からミイラの顔が現れるところ辺りから謎めいたハープによる序奏が始まり、ミステリアスな弦楽器へと続く。ここでティーエは、この場所はかつて育ての親ケイローンから聞かされたアゼク・シストラの死者のための都だと気付く。音楽は滅亡した都市のかつての栄華を偲ばせるような曲想へと変わり、カメラ視点はティーエの説明に乗せて、仮面を付けて着飾った死者たちが立ち並ぶ姿を映してゆく。またこの曲は、精霊がラクシを懐柔しようと、過去のラクシの姿となって仮面から現れるシーンにも使用される。本作品では、限られた楽曲を編集して使用しているため、この例のように、同一曲が直接意味的なつながりの無い複数のシーンにも使われている場合がある。よって本作品での音楽の役割としては、主に各シーンの音響による印象の方向付けや全体的な世界観のイメージ作りに重点が置かれていると言えるだろう。

なお、西脇唯のデビュー曲でもある主題歌「風の大陸」は映画に全く合わない。こういうことは良くあるが、かつて三枝成彰(当時、成章)がインタビューで語っていたところによると、日本の映画界においては、音楽予算はレコード会社とタイアップして全額負担してもらうという特殊な構造になっており、このため音楽予算は売れている歌手やこれから売り出す歌手の主題歌のために出してもらう形になっているとのことであった(※4)。この曲もその流れだろう。

ところで、「風の大陸」の同傾向の大島ミチルの作品として、「レジェンド・オブ・クリスタニア ~はじまりの冒険者たち~」がある(Vol.1:VICL-480/Vol.2:VICL-518、いずれもビクターエンタテインメント(株))。ついでに軽く触れておくと、これは文化系放送「電撃アワー」でオンエアされた水野良原作によるラジオドラマのサントラである。メインテーマ「はじまりの予感」と「未来の記憶」は、それこそ「風の大陸」のメインテーマの「同工異曲」と言って良いものであるが、同傾向とは言え民族音楽風の曲などはよりプリミティブな感じを増していたりして聴きどころは少なくない。筆者は物語を知らないので、各曲がどのようなシーンをイメージしたものであるのかは想像するしかないが、vol.1の「神の城壁」は、眼前に雲を突くように聳える巨大な城壁を思わせる壮大な楽曲。終結部は弦楽器群がバグパイプを模したドローンのリズムと旋律を奏しながらフェードアウトしていくが、これは城壁を超えた後の町の情景なのだろうか。また「Shudder」では、バラバンという日本の篳篥(ひちりき)の先祖にあたる木管楽器のソロによる、篳篥のそれをもっと押しつぶしたような音色が独特で、西洋音楽とはかけ離れた強烈な異国的芳香を放つ(※5)。vol.2の「大蛇の部族~リオ」は民族打楽器とシンセサイザーによる土俗的なリズムと音響に、バスクラリネットのおどろおどろしく大蛇がくねるようなアドリブと、ファゴットとピッコロのユニゾンによる中東風の妖しげな旋律を加えた、まさにタイトル通りのダイナミックな舞いを思わせる楽曲である。補足ながらこの物語のシリーズには、他にも佐橋俊彦との共作による映画のサントラもあるので混乱しないよう注意されたい。

なお、本稿ではファンタジー系の異国情緒が濃厚な作品を中心に紹介したが、少し補足しておくと大島ミチルの楽曲はもちろんすべてがこのような傾向にあるわけではない。例えば、安田弘之のコメディ漫画を原作とするTVドラマ「ショムニ」('98)の音楽では、ばかばかしいドラマに、その作風を生かした大げさに勇壮な音楽を付けてコミカルな雰囲気を一層盛り上げている。また、映画「友情」('98)のような暖かみのある繊細な音楽も作る一方で、宮部みゆき原作の映画「模倣犯」('02)では、高い知能と無機質な性格を備えたコンピュータのような犯人像を表現した、陰鬱な音楽も提供している。

※1)1991,12月, 「特集ジュニアオリジナルコンサート20年 活躍するJOC-OB&OGたち」,月刊『エレクトーン』, No.240, (財)ヤマハ音楽振興会,p.14~15

※2)グレゴリオ旋法、チャーチ・スケールなどとも言う。中世のイメージや異国情緒を喚起するのに適しているため、ファンタジー系のアニメやゲームの音楽でも盛んに利用されている。中世の教会音楽は、(ピアノの白鍵だけを使う音階を例に取ると)主音(終止音、中心音)をドとする音階(長調)やラとする音階(短調)ではなく、レ、ミ、ファ、ソとする4種類の音階(旋法)で作られており、それぞれドリア旋法、フリギア旋法、リディア旋法、ミクソリディア旋法と名付けられていた(ここでは詳細は避けるが、さらにそれぞれに正格旋法と変格旋法があるため合計8旋法となる)。16世紀になると、スイスの理論家グラレアヌスの提唱によってさらに終止音をド、ラとするイオニア、エオリアの2旋法(同様に合計4旋法)が追加され、合計12旋法となった(理論的には終止音をシとする旋法も存在することになるため、これはロクリア旋法として近代以降になって体系の中に組み込まれたらしいが、響きが悪くなりやすいため使い勝手が悪く、実際の中世の教会音楽では使用されなかったということである)。やがて時代とともに音楽の中心が、単旋律の音楽から、旋律と旋律の関係を重視する多声音楽(ポリフォニー)、さらに旋律と和音による音楽(ホモフォニー)へと移行していくにつれ、そうした音楽に不都合な部分の音階の修正が行われていった結果、イオニア旋法とエオリア旋法だけが現在の長調の音階と短調の音階(自然短音階)として生き残り、他の旋法は一旦淘汰される(ただしクラシック音楽等の中に他の旋法が意図して使用された例が無いわけではない)。それが'60年代後期以降になると、長調、短調に基づく調性音楽の制約から解放されたいと考えたジャズミュージシャンたちによって再び注目され始め(これはモード・ジャズとして確立された)、以降今日では多様な音楽の中で一般的に使用されるまでに普及している。なお、各旋法の名称は古代ギリシャ旋法からの借用らしいが、同じ旋法名ではあっても音階の一致しない別の旋法体系であり、単にドリア、フリギア、...といった場合は、一般に教会旋法を指すことに注意が必要である。このような名称の混乱がなぜ生じたかの歴史については、良く分かっていないらしい。

※3)空虚5度とは、完全5度の音程関係にある(ドソやレラといった)2つの音からなる和音。一般的なドミソやレファラといった和音の構成音のうち、長調と短調(例えばドミソとドミ♭ソ)の響きの違いを特徴付けている真ん中の音を抜いてあるため、長調でも短調でもない曖昧な響きが得られるが、こうした和音が中世ヨーロッパの音楽や世界の民族音楽に多く見られることから、時代感や異国情緒を表現する目的でも良く用いられる。なお、真ん中の音を抜いたことを意味する「空虚5度」という言い方は、あくまで3和音を基本とするバロック時代以降の西洋音楽の考え方(古典和声学)に基づくものであって、上記で言う中世や民族的な音楽においては、抜いたわけではなくて元来がそういう和音だということである。

※4)三枝成章,1985,12月, 「あまりに貧困な映画・テレビの音楽予算」,月刊『イメージフォーラム』, No.63, ダゲレオ出版,p.105~106

※5)...とは言え実は、アルメニアの作曲家テルテリャーンの何と交響曲(第3番)でこの楽器の音を聴くことができる(もっともこれも西洋的な響きの音楽ではないが)。バラバンというのはアゼルバイジャン圏での呼称であり、アルメニア圏ではドゥドゥクと呼ばれるこの木管楽器は、オーボエやファゴットと同様にダブルリードで発音する。

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