ミサ曲の変容

ミサ曲とは、本来キリスト教の典礼(ミサ)に伴うラテン語の声楽曲であった。しかしクラシック音楽の世界では、宗教儀式から独立した演奏会用作品の重要なジャンルの1つとして定着してきており、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンらもこのジャンルで腕を奮っている。

1960年代になると、第2バチカン公会議でラテン語以外のミサも認められるようになり、作曲家たちはより自由な作品を作ることができるようになったが、やがてロックやジャズなど他の音楽様式と融合したものまで登場し、ミサ曲はさらに破天荒なものになって行く!ここでは、そんな異形のミサ曲たちの中からいくつか取り上げてみた。

A

Fumitaka Anzai

安西 史孝

Kyrie:Canto Cybernetico

APR-001 / アプリコット

シンセサイザー:安西史孝
合唱:グリーンハーモニー合唱団
Vn:斉藤ネコ、S、A:芳賀美穂、鳥笛:巻上公一 ほか

タイトルは「キリエ(憐みの賛歌):サイバネティクスの歌」くらいの意味だろうか?(副題はラテン語でなくイタリア語のように思われるが、iでなくyになっているのはなぜだろう?)。「アンドロイドは電気仕掛けの神の夢を見るか?」なんてね。作曲者は主にシンセサイザーを使ったアニメや映画の音楽などで知られており、特にTVアニメ「うる星やつら」のサントラ・レコードのヒットは有名である。

解説にミサ曲と書いてあるわけではないが、楽章のタイトル構成からもこれを意識していることは明らかで、歌詞もマミク・リヨンの創作によるKyrie Eleison(主よ、憐み給え)を除けば、ミサの典礼文を中心に伝統的な内容で構成されている。実はこの題材は作曲者の体験に発想の原点があるようで、母がカトリック信者であったことからカトリック・ハイ・スクールに進学し、そこで実際の教会音楽に接する機会があったという。ただし第3、4楽章の合唱の編曲は本人ではなく、ユニットTPOで組んだ天野正道が担当している。

曲はMoogやRoland、E-muなどの多数のシンセサイザーを駆使し、これに声楽を加えたもので、簡単に言うとプログレ+テクノ+教会音楽+J-Popといった感じだ。ビートを利かせたノリの良い楽章が多いが、Gloria(栄光の賛歌)のようにクリスマス用CDにでも入れられそうないかにも宗教音楽っぽい感じのものがあるかと思えば、歌謡曲のようだったり、エレキギターが入ったり、あるいはバグ・パイプのような音で民族音楽調の要素が入ったりと、多彩な音楽形式がごった煮で詰め込まれている。

筆者が特に気に入っているのは5曲目のCredo(我信ず)で、ドラムセットとジャズのインプロビゼーションのようなピアノに乗って、ほとんど抑揚のないテノールで歌詞が詠唱され、そこに時々ライヴの歓声のような合唱や拍手が合いの手で入ったりする実にノリの良い楽章だ。こんな風にピアノが弾けたらさぞかし気持ち良かろう。

このCDは当時新宿の販売店から通販で手に入れたが、今ではネット上のサイトでも購入可能だ。

B

Leonard Bernstein

レナード・バーンスタイン

"Mass" A Theater Piece for Singers, Players, and Dancers
「ミサ曲」- 歌手、演奏家、およびダンサーのためのシアター・ピース

CSCR8409~8413 / CBSソニー・レコード(株)

指揮:レナード・バーンスタイン
司祭(バリトン):アラン・ティトゥス
合唱:ノーマン・スクリブナー合唱団、バークシャー少年合唱団
出演:アルヴィン・アイリー・アメリカン・ダンス・シアター

「ミサ曲」と題してはいるが、編成にはエレキ・ギターやシンセサイザー、ドラム・セットなども加え、音楽様式もジャズありロックありで、さらに副題にもあるとおりダンサーをも伴ったCD2枚分にも亘る巨大なシアター・ピースである。「ウエストサイド物語」のようなミュージカル作品や、ジャズのイディオムを含む交響曲の作曲でも知られるバーンスタインらしい、と言えばらしいのだが、それにしてもいったいこの「ミサ曲」はどういう作品なのだろうか?

作品は17のパートから成っているが、これらを見ると大きく3種類のパートに分けられることがわかる。オーケストラのみのパート、ラテン語で歌われるパート、そして英語で歌われるパートである。オーケストラのみの部分はさておき、ラテン語の部分では通常のミサの典礼文が歌われる(ただし司祭、とは言ってもジーンズを穿いた二十代の若者である)。英語の部分では、街頭の合唱やロック歌手、ブルース歌手(役)などが登場し、これと対峙するように人生の苦悩や心の葛藤が歌われる。「おれは金輪際『ワレ信ず』(Credoのこと)なんて云いやしないぞ。いったい誰なら『ワレ信ず』なんて云えるんだい...」

良く考えてみると、日本のポップスと違って英米のロックでは宗教的な題材を扱うことは多いし、上記のような内容の歌詞も決して珍しくはない。ポピュラー・ソングにも通暁した米国の作曲家が宗教音楽をこのようなスタイルで作曲するのは意外と自然なことなのかも。

仏教の場合、経典の内容は専門知識の必要な高度な学問であるが、キリスト教の場合は聖書は一般家庭にも置いてあるものだし、内容も大衆向けの平易な物語で書かれている。となれば、すでに歴史的な音楽様式となってしまった「堅苦しい」宗教音楽を、バーンスタインは現代人にわかり易い音楽語法で新たに再構成しようとした、ということなのかも知れない。

S

Shigeaki Saegusa

三枝 成章(成彰)

Radiation Missa
ラジエーション・ミサ

L

Andrew Lloyd-Webber

アンドリュー・ロイド=ウェッバー

Requiem
レクィエム

CC33-3281 / 東芝EMI(株)

指揮:ロリン・マゼール/イギリス室内管弦楽団
T:プラシド・ドミンゴ、S:サラ・ブライトマン、
トレブル=ボーイ・ソプラノ:ポール・マイルズ=キングストン
ウィンチェスター大聖堂合唱団

レクィエムは、正式には死者のためのミサ(Missa pro Defunctis)といい、葬儀や死者の祝日(11月2日)のためのミサのことである。良く歌謡曲や映画のタイトルで「鎮魂曲」という日本語が使用され、「レクィエム」とルビが振られることがあるが、厳密には正しい訳ではない。

さて、楽章の構成や演奏の編成を見てもわかるとおり、この曲は伝統的なクラシック系のレクィエムに則った形式の曲となっていて歌詞もラテン語を採用しており、一見珍しいところはない。あえて言えば、作曲者が「キャッツ」や「オペラ座の怪人」などの超有名ミュージカルの作曲者として知られるアンドリュー・ロイド=ウェッバーであるという点こそが特徴である。全体に特別に奇を衒っているわけではないが、それでも第6楽章 Hosannaなどは、舞台でダンサーが踊っているところを想像してしまうような如何にもミュージカル作曲家らしい楽しい楽章で、不幸な少年の楽天主義への渇望を表現しているという背景を知らずに聴けば、「これのどこがレクィエム???」と思ってしまうだろう。また癒し系の第7楽章 Pie Jesu(慈悲深きイエスよ)は発売当時シングル・カットされ、英米ビルボード誌のヒット・チャートにもランク・インした美しい曲である。

ソリストは世界3大テノールの1人として著名なプラシド・ドミンゴ、多くのロイド=ウェッバー作品の主役を務め、当時は2番目の夫人でもあったサラ・ブライトマン、またボーイ・ソプラノのポール・マイルズ=キングストンも安定した歌唱で聴かせ、演奏も申し分ない。

人気ミュージカル作曲家の普段と少し異なる一面が楽しめる一枚と言えよう。

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